「────!!!」
 声も出なかった。
 あれだけ部屋の中を探し回っても見つけられなかった吸血鬼が、こうも堂々と私の背後で食事にいそしんでいたとは。
 何という間抜けぶり。
 私は大樹も守ると決めていたのに──
 声は出なかった。
 けれど、体はその限りではない。
 手が出ていた。
 私は手を出すべきでなかったかもしれない。
 しかし、恐怖に陥った時、人間は──いや、動物は生存本能という名のプログラムによって、自動的に行動してしまうものだ。
 プログラムは、大別して二種類存在する。
 一つ、戦略的撤退。
 敵に背を向け、全力で逃げ出す事により、天敵から逃れる行動。
 生物として弱い者ほど、この行動を選択する傾向が強い。
 が、僅かに残った私の理性がそれを許さない。
 私は大樹を守らなきゃいけない。
 私一人が逃げちゃ駄目。
 だから、私に残された道はもう一つの方。
 一つ、正当防衛。
 法律だか憲法だか権利だか義務だかよく分からないものである程度は認められている物であるけれど、そんな事は命の危機に晒された者にとっては関係の無い話。
 やられる前に、やる。
 血を飲まれたくないなら──殺るしかない。
 普段の自分からは考えられないような言葉が、頭の中を支配している事が怖かった。
 けれど、それ以上に大樹を放ってはおけない。
 もう、コンマ一秒の時間すら惜しいのだ。
 殺らなきゃ。
 殺らなきゃ!
 殺らなきゃ!!
 殺らなきゃ大樹が──!!

 大きな、音が、した。

 それには大樹と共に楽しく会話した時に聞いた、心を震わすような重厚さも、爽快感も、情緒も無く。
 ただ軽薄で、痛烈で、無味乾燥な味気ない響きしか無かった。
 振り下ろされた武器の下に、吸血鬼は居ない。
 人外の機動力。
 故に。
 それは、私の最愛の彼氏の首筋を、綺麗に綺麗に直撃していて──
 脳髄が溶けて無くなっていく心地だった。
 もう、全く頭が働かない。
 大樹に武器を振り下ろした。
 私がやった。
 助けたかったのに。
 ただ、それだけだったのに。
 この手で……
 真っ白になってしまった私の頭は、彼の最期の呻き声と、奴の甲高い哄笑だけを記憶に刻んでいた──