1990年秋。
アクマだって急に魂を送られても準備というか計画があるのだから。

そして、我々アクマは、「悪魔」と表記されるが、これには些か憤慨している。
実際は「阿苦間」が正しい表記である。「阿」と言うのは万物の始まりを示す言葉であり、
「苦」は苦労、苦行などの必要なもの。そして「間」はそれを行う時間であり。現世では、生きている間は苦しみの始まりであると深い意味が込められているのだから。

我々は、人間ではないので形なんか無い。
強いて表現するならば気体に近い存在なのだ。

さて、小生の場合は「亜美」という魂に修行のための苦難を与えている最中であり、突如として、新しい魂を宿らされては計画の練り直しをしなくてはならないではないか。

亜美は、頑固で偏屈な大工の父と厳格な母、それに出来の良い姉がいる海辺の家庭に生を受け現在20歳。

偏屈な父は、家庭を顧みることなく仕事と釣りに没頭する毎日。もちろん子供と遊ぶことなど無かったし、家に居るときは、ただテレビにボンヤリ目をやりながら酒を飲み、母の話も子供たちの話も禄に聞くこともなかった。
時折話すことと言えば、出来の良い姉の学校での成績や近所での評判。
そして、母は、「良い嫁」「良い母」になることが人生の目標であるかのごとく日々を過ごしていた。決して豊かではないが、それなりに平穏と言えば平穏な家庭である。

しかし、こういう環境では妹が反抗心を持って平穏を乱すもので、亜美の場合も出来の良い姉に反発するように中学に入った頃から地元の不良仲間と連れ立って深夜の町をうろつき始めた。仲間達と深夜のファミレスにたむろすることも、立ち入り禁止の海辺で花火をすることも、バイクで町に騒音を撒き散らすことも楽しいとは感じなかったが、他に何をしたら良いかも分からないままに仲間とつるんでいた。


亜美にはひとつ年下の恋人がいて既に付き合いも3年になる。他にも遊び友達の男性は数人いたが、亜美の心にはいつも恋人の明がいた。

ある日、亜美が仕事から帰ると、明から家に何度も電話があった。
明は悪いヤツではないし、優しいのだが、優柔不断で仕事が続かない。高校を卒業して就職した水道工事の会社も2ヵ月で行かなくなってしまった。今は、いわゆる「ぷーたろう」というわけだ。