自分を供として選んだフェルデンは、極秘である今回の遣いとしての任の重要性を丁寧にユリウスに話して聞かせ、そして、あのディートハルトでさえ知りえない裏の事実も明かしてくれた。
 異世界から鏡の洞窟を通じて、魔王ルシファーが呼び寄せた人間の少女アカネのこと。そしてそのアカネを愛してしまったこと。さらに、今回の任は“会談”という名目の元、敵国の情勢を見定めるという裏の任が含まれていると同時に、ルシファーの手に奪われた少女を奪い返す唯一のチャンスであるということ。
 ユリウス自身まだ信じられない思いでいっぱいだった。あの晩あの森で保護した黒髪の少女は、魔王ルシファーの右腕、アザエルによって儀式の為に連れ去られたサンタシ国の少女だとばかり思い込んでいたのだ。それが、まさか異世界からやって来た少女だったとは。そして、このフェルデンが一人の少女を愛する日が来るなど想像すらつかなかった。ユリウスにはない長身と、男らしく甘い顔立ちは無意識に通りすがる女達を虜にしていたにも関わらず、本人は色恋には全く興味を示さないで、剣ばかりに熱心に入れ込んでいたというのに。
 ヴィクトル王お抱えの術師、ロランが鏡の森で重傷を負ったという噂は聞いていた。しかしまさか、ここにいるフェルデンさえも同じとき同じ場所で瀕死の重傷を負っていたという事実は本人の口から聞くまでは知り得なかったことである。おそらく、ヴェクトル王とディートハルトの計らいで、入念に隠蔽されたのだろう。


 山道を二頭の馬が駆ける抜ける。
 フェルデンは痛む肩にほんの少し顔を顰めた。馬が山道を駆ける度にその振動が治り切らない傷の存在を知らしめた。
しかしそれでも、ここで止まる訳にはいかなかった。今こうしている間にも、アカネはひどい扱いを受けているかもしれない。恐ろしい儀式に立ち合わされているかもしれない、そう思うと、痛みで立ち止まっていることなどできなかったのだ。
 すぐ後ろを駆けるユリウスは、そんなフェルデンの心中を察していた。旅の途中、何度もフェルデンの傷の包帯を巻き直す手伝いをしたが、傷口は未だ赤黒く腫れ上がり、ひどく熱を持っているようであった。
 そんな状態でもこの過酷な旅を続けられるフェルデンの心の支えは、今や愛する少女の可憐で無垢な笑顔を守りたいという強い思いが大部分を占めていた。