「ねえ、アザエル。例の書状、認(したた)めておいてくれた?」
クロウはスキュラの頭を優しく撫でる。
「はい、陛下」
アザエルは蠟で封をした書状を上等な藍色の布から大切に取り出すと、クロウに見せた。
「ありがと。じゃあ、すぐに遣いを出してくれる? 急ぎなんだ」
スキュラが可愛がってもらっている様子を物陰からじっと見つめていたもう一頭の赤い竜が、淋しげに『グルグル』と声を上げた。
「はい。では、わたしが参りしょうか」
「ううん。アザエルには僕の傍にいてもらう」
おいでと赤い竜に手招きすると、のっしのっしと尾を振りながらクロウに駆け寄ってくる。
「ヒュドラ、君は今朝また花壇の花を焦がしたね。メフィスがカンカンだったよ」
困った顔で赤い竜の頭を撫でると、クロウはアザエルを振り返った。ヒュドラという名前は、魔城に戻ってからクロウが赤い竜に付けたものだ。
「ファウストに行かせて?」
感情の薄いアザエルは、無言のまましばらく静止する。
「陛下、奴は危険です。ましてや、急ぎの用ならば別の者に行かせた方がよろしいかと」
「もう危険は無いよ。だいたい、彼とは既に血の契約を結んである、僕を裏切ることはできない。それに、もう以前のような魔力は無いんだから」


