朱音とフェルデンは命綱も何も無い状態で、落下による無重力を味わっていた。 
 内臓が全て浮き上がったような感覚。スキュラから滑り落ちてしまえば命が無いということもわかってはいたが、すぐ隣にフェルデンがいるという事実だけがどういう訳か朱音に落ち着きと安心感をもたらしていた。
 赤と黒の二対の竜が平行するように並んで落下する中、ファウストは攻撃の機を逃すことなく炎弾を打ち込んでくる。
 しかし、その距離は思った以上に近く、落下中のスキュラが回避できる時間も無かった。
(まずい・・・!!)
 フェルデンが、ファウストの炎の威力にただの剣で対抗できる筈も無いことは重々理解してはいたが、自らの剣を咄嗟に抜き、炎弾を防ごうとした。
 しかし、それよりも前に、黒き煙がスキュラと二人を包み込むようなベール状に包み込み、どういう訳かファウストの攻撃はそれに弾き返されてしまう。
「何!?」
 ファウストが叫んだと同時に、フェルデンは目の前の少年王の異変をすぐさま感じ取った。
細く頼りないまだ少年の域を出ないクロウの身体から、蒸気のような黒い靄が湧き上がっていた。それは意思を持っているかのように形を帯び、二人とスキュラの身体を危険から守っているかのようであった。禍々しい筈のそれだったが、なぜか一切の殺気は感じられない。
「クロウ・・・?」
 朱音は身体の底から眠っていた何かが開放されたのを感じていた。なぜかこれは、以前はこれをうまく使いこなせなかったものだとも知っていた。そう、クロウがまだ永い眠りにつく以前、魔王ルシファーから受け継いだ強大なそれを・・・。
 スキュラとフェルデンの心音。唸る風。温かい太陽の光。僅かな距離にいる赤い竜の息遣い。そしてファウストの息を飲む声。ゆっくりと静かに朱音の耳にその全ての状況が流れ込んでくる。朱音を取り巻く全てがまるでスローモーションになったかのように、ゆったりと心地よく響いてきた。
(ああ・・・、これが皆が話していた魔王ルシファーの力なんだ・・・。こんな力があれば、この世界の頂点に立つことなんて、ルシファーにとってはなんでもないことだったのに・・・)