ゆっくりと近付いてくる魔王の側近の右の手には、みるみる水が凝縮され、鋭く美しい剣へと形成されていく様を、ヘロルドは瞬きも忘れて見入っていた。
 “怖ろしい”
 この目の前にいる男は、まさしく魔王の側近に相応しい男だとヘロルドは今更ながら実感せずにはいられなかった。強い魔力に加えて、凄まじい程の威圧感。これは、長年の闘いで培われてきたもの。即席の魔光石の力などで今の地位を手に入れたヘロルドにはそもそも敵う相手では無かったのだ。
 最後の足掻きで、ヘロルドは懸命に風の刃を放ちまくった。持ちえるスピードと力を込めた攻撃は、剣を構えていない反対の手で、瞬時に作り出されていく水の膜にぶち当たると同時に、いとも簡単にその男に避けられてしまう。もう、アザエルは完全にヘロルドの考えを掌握していた。ワンパターンな攻撃に、少々イラついてすらいた程だ。
 あっという間に間合いを詰められてしまったヘロルドは、いつの間にかアザエルの剣が届く距離にいたことに驚き、腰を抜かした。
「・・・終わりだ」
 アザエルの呟くようなその声と同時に、水剣が真上から振り落とされる。
「ぐふっ」
 くぐもった呻き声を上げると、ヘロルドは自身を貫く水剣とその冷ややかな男を見上げた。
 一振りで命を絶つこともできたのに、アザエルの剣はヘロルドの急所をわざと外した右胸に深く突き刺さっていた。