アザエルの言葉には有無を言わせない強さがあった。
 この男の言いなりにはなりたくはないが、ここで朱音が意地を張ったところで、この冷酷な男はまた妙な術をかけて担いででもそこへ連れて行ってしまうだろう。
「・・・・・・」
 俯いたまま、のそりと重い身体を起こすと、朱音は渋々アザエルの元へと歩いた。
それを確認すると、魔王の側近は朱音を誘導するように城の中を歩き始めた。
 城の中は黒っぽい壁面のせいか昼間だというのになぜか薄暗く感じる。でも、奇妙なことに懐かしい気がするのはどうしてなのか、朱音はそれが不思議でならなかった。
 
 ギギギという腹に響くような音がしたと思うと、アザエルが石壁を開いているところだった。ぼうっと歩いてきたせいで、ここまでどうやって来たのかはもう思い出せない。
「さ、会わせたい方はこの部屋の中です」
 アザエルが視線をやる先は、石壁で囲まれた薄暗い部屋。窓は一つもなく、勿論のこと人の気配など何も感じない。壁に吊り下げられている蝋燭に、アザエルが静かに火を灯していった。
 少し明るくなった埃臭い部屋の真ん中に、美しい彫刻で模られた対になった黒い棺が二つ。それ以外にこの部屋には何もない。
「こちらへ」
 アザエルが片方の棺の前で足を止めると、ゆっくりとその蓋を外し始めた。
 ごくりと朱音は息をのむ。
 まさか、おどろおどろしい骸骨やミイラなんかが飛び出しては来まいかと、内心びくついていたのだ。しかし、蓋が全て外されても、中のものが勢いよく飛び出してくることはなかった。
 
 アザエルに促されるまま、一歩、一歩と棺に近づき、意を決して中を覗いてから驚きのあまり、朱音は後方に数歩後退りしてから尻餅をついた。
「こ、この人・・・」
 棺の中に横たわっていたのは、恐ろしく美しい黒髪の男だったのだ。
 長い髪は漆黒で、肌はそれとは対照的な白。眠っているようにも見えたが、生気はまるで感じられない。
「ゴーディアの国王、ルシファー陛下です。そして、あなたのお父上です。」
「う、嘘・・・!」
 首を振りながら、朱音はずりずりと壁際へとにじり寄る。