「ゴーディアの国王クロウ自らサンタシに降伏を申し出た。我国の勝利がここに証明された」
 バシャリとアザエルの手に握られていた剣がどす黒い元の鉄臭い血だまりへと姿を戻す。
「ヴィクトル陛下・・・、わたしはそれでも構いません・・・。でも、あともう少しだけわたしに時間をください。戦争はまだ終わっていないんです・・・。例え私が降伏しても、今のゴーディアはきっと止まることをしません。もう既に、国が別の者の手によって動き始めてしまったんです」
 ヴィクトル王は怪訝な顔で朱音の血に濡れた表情を見つめた。
「一体何を申しておる」
 解せない様子で、眉を顰める。
「別の誰かが“国王に成り代わった”のか?」
 いつの間にやら息が上がってしまっていたことに気付き、ディートハルトは大剣を静かに鞘へおさめた。
「我国王の座に相応しいのはクロウ陛下唯お一人。陛下の留守をいいことに、“国王に成り代わろうとした”愚かな反逆者が一人いたようだが」
 アザエルの言葉に反応し、朱音が目を丸くして振り返った。
「アザエル、貴方知って・・・」
 予想外の展開による過重なストレスと、不眠不休で長くいすぎたせいか、どっと疲れが噴出したヴィクトル王は、ぐらりと足元をふらつかせた。
「ヴィクトル陛下・・・! ほら言わんこっちゃない・・・」
 先程の気迫からは想像もできない程呆れた声でディートハルトはヴィクトル王のふらついた腕をがしりと引きとめた。
「ヴィクトル陛下・・・。少し休んでください。わたしは逃げも隠れもしません。ただ、ゴーディアの国王の最後の仕事として、ゴーディアの後始末は全て責任を持ってわたしが片付けてきます。それまで、わたしに時間をいただけますか・・・?」
 黒曜石の瞳は、悲しい色を含みながらも国王としての責務を全うしようと必死にヴィクトル王に訴えかけていた。
「わたしに長年の敵国の王を信じ、みすみす放てと?」
 血の気の失せた顔でヴィクトル王は吊り上がった眼をじっと細め、朱音の瞳を見返した。
「無理を言っていることはわかっています。だけど、今暴走しているゴーディアを内側から止めることができるのは、サンタシやヴィクトル陛下ではなく、きっとゴーディアの国王の地位にあるわたしだけだから・・・」