「サンタシの街や村々を見てみなされ。今やどの国よりも治安は安定し、民の暮らしは潤っております。警備隊の長官を担っておる身ではありますが、わたしの仕事はこの二年ほぼ無いに等しいものでした。せいぜい民衆同士の喧嘩の仲裁程度のものです」
 だからこそ、こうしてヴィクトル王の傍に仕えることができたというのも事実であった。
「ディートハルト、お前はわたしを責めることをしないのか? 艦隊の敗北は明らかであるのに、わたしはそれをみすみす送り出したのだぞ」
 有能なアルノであるからこそ、きっと祖国を守る為に最期まで退くことはしないだろう。例えそれがどんな不利な状況に追い込まれたとしても、残りの一隻になるまで魔笛艦隊に果敢に立ち向かっていくことは分かっていた。
 だから困る、とディートハルトは溜息を漏らした。
 王はいつだって国を守る為に部下を利用しなくてはならない。たとえそれが、使い捨ての駒になろうとも・・・。それを知っているだけに、この王は賢王と呼ばれるに値する男になりえたのだろう。
 しかし、それはいつだって自らの首を絞め続けてきた。
「陛下、我国の誇れるものは、艦隊ではありません。ですが、海上戦である程度戦力を削ぎ落とすことができれば、我々に勝機は十分に有り得ます。彼らは愛する母国を守る為の犠牲ならば、たとえそれがどんな結果になろうとも本望な筈です。それは、このディートハルトも同じこと・・・。そして、貴方の実弟、フェルデン・フォン・ヴォルテヴィーユ殿下はサンタシ最高の騎士です。彼の率いる騎士団が必ずや地上戦で敵の侵攻を防いでくれる筈です」
逞しい腕をぐっと胸の前に構え、ディートハルトは顔の傷を引き攣らせながらにかりと笑った。
「陛下。このディートハルトに、今一度騎士団復帰のご許可を! そして、フェルデン殿下の手助けをぜひともわたしに!」
 驚きとディートハルトの歳をも感じさせない言葉に、ヴィクトル王はふと顔を上げた。
「ディートハルト、我弟の助けとなってくれると・・・!?」
 頼もしい剣士の一言で、ヴィクトル王は僅かに希望の光を見た気がした。
 すっと椅子から立ち上がったディートハルトは、ヴィクトルの机の前で礼の形をとった。