「殿下、残念ですが一度城に戻らねばなりません。我々には、サンタシを背負う大切な任務があります。ヴィクトル国王陛下が首を長くしてお待ちです・・・。アカネさんという人を探すのはその後でも遅くはありません」
 ユリウスの判断は正しく、私情に走りかけていたフェルデンに冷静さを取り戻させた。
「そうだな・・・。お前の言うことが正しい」
 フェルデンは、サンタシの騎士という以前にサンタシの王子でもある。自らの意思よりも、国や民を優先して考えねばならない。そして、ゴーディアと緊迫した状態の続いている今は、まさにそうされるべき時だった。
「おれが勝手だった・・・。白亜城へ戻ろう」
 馬車がすぐ脇を通り過ぎたのはまさにこの時だった。
 フェルデンと朱音の距離は布を隔ててはいたが、両手を広げた程の僅かな距離。こんなにも近くをすれ違ったにも関わらず、互いに気付くことは無かった。
 そして、二人はこの後一気に離れて行ってしまうこととなる・・・。一度は船の中で互いの心臓の音まで聞こえる距離まで近付いていたというのに。それはまるで、満ちた潮が引く様によく似ていた。


 白鳩は目がいい上に利口だった。
 人探しは得意分野で、特にクリストフの頼み事となれば、彼女は尚更精を出していた。美しいゴーディアの少年王が彼女に名をつけたが、まだクリストフはその名前で一度も呼んだことはなかった。
 けれど、白鳩はその名が気に入っていた。そして、その名をつけてくれた少年王のことも・・・。
 白鳩とクリストフの出会いはまさに奇跡だった。
 自由気ままな暮らしを望んだクリストフが、風に乗って大空を飛んでいたとき、一人と一羽が出会ったのだ。いつも青い空の下にぽつりと飛ぶ小さな白鳩だったが、生まれて初めて隣で共に飛ぶ者が現れた。