眠っている子ども達はまだボリスの存在に気付いてはいないようで、静かに眠りについている。
「それ、どういうこと・・・?」
 きまりが悪そうに、ボリスはぼしょぼしょと口を窄めて答えた。
「アカネ嬢があんまり綺麗すぎたもんだから、なんでも、奴隷として競売にはかけないみてぇなことを言っててよ・・・」
 朱音は咄嗟に寝ている子ども達を振り返った。
 朱音と自分達が別の場所へと連れて行かれることを知ったら、子ども達はひどく動揺するに違いない。それに、彼らは朱音が本当に助けてくれると信じ切っていた。それなのに、その約束を破ることになるかもしれないと思うと、朱音は口が裂けても自分からそのことを話す気にはなれない。
「ボリス、いいからその競り市ってとこの場所をクリストフさんに伝えてきて・・・!」
 ボリスは戸惑ったように返した。
「だってよ・・・、そんなことしたら、アカネ嬢の居場所がわからなくな・・・」
「いいから! わたしは自力で何とかするから、先にあの子達を逃がしてあげて欲しいの。ね、あなたも同じ目に遭ったなら助けてあげたいと思うでしょう?」
 懸命な朱音の説得に、ボリスはうんと言わざるを得なかったらしい。しぶしぶ頷くと、周囲を見計らって、ボリスは荷馬車の上からそっと飛び降り、離れていった。
(クリストフさんなら、きっとわかってくれるよね・・・!)
 ぎゅっと手の平を握り締めると、荷馬車の上から檻越しに僅かに見える外の景色を見つめた。
 この時、馬車のすぐ脇を、二人の旅人が通り過ぎたことに朱音は全く気がつかなかった。

「殿下、もう限界ですよ・・・。これだけ探してもそのロジャーという男は見つからないんです。きっと、既に違う国へ行ってしまったんでしょう」
 ユリウスはこの国に朱音がいると信じて疑わないフェルデンの意向で、リストアーニャで何日も足止めを食っていることに焦りを感じ始めていた。
「いや、まだあの男はこの国にいる。なぜだかわからないが、アカネが近くに居ると感じるんだ」
 なんとしても朱音を取り戻したいと願うフェルデンの気持ちは分からないでも無かったが、これ以上の旅の遅れはもう許されない。今は、一刻も早くサンタシへと戻り、国王にこれまでの経緯と知りえた情報を全て話す必要があった。