一瞬空耳かと思い、朱音は再びカロル達とくっついて目を閉じた。昨晩は緊張と恐怖のせいか眠れなかっただろう子ども達は、疲労でうとうとと居眠りうを始めていた。
『アカネ嬢ったら・・・!』
 きょろきょろと檻の中を見回すと、上に掛けられた布の隙間から、ぺったりとした髪の痩せた男が顔を覗かせている。
「ボリス!?」
 驚いて朱音は馬車の後方へと四つん這いで慌てて擦り寄った。
「ボリス、あなた、逃げたんじゃなかったの?」
 しっと人差し指を唇の前に立て、何かに怯えているような仕草で、ボリスは声を落として言った。
「アカネ嬢が攫われた後、旦那がまだ帰ってくる気配も無かったんで、こっそり馬車の後をつけて来たんす。あっしも奴らに見つかったらえれえことになりますんで、様子を見計らってたんすよ・・・」
 とっくに逃げてしまったと思っていたボリスに、朱音は心の中で疑ったことを謝った。
「そうだったの・・・、わたし達、どうなると思う?」
 子どもの頃に同じことを経験済みのボリスが一番、この馬車の行き先をよく知っている筈だった。
「たぶん・・・、競り市(いち)へ向かってんだろうなぁ・・・。明後日はまた競り市の開催日だし、集められた子どもはだいたいそこで競売に掛けられる。」
 まるで物でも扱うような話に、朱音は吐き気さえ覚えた。子どもを売り買いするなんて、この国はどうかしている、はっきりとそう感じた。
「ねえ、クリストフさんにその競り市の場所を知らせることってできない?」
 ボリスはこくりと頷いた。
「あっしも、それが一番いいと思ってたんだ。けど、どうもそう上手くはいかねぇみたいだ、アカネ嬢・・・」
 どうして、と首を傾げた朱音に、ボリスが衝撃的な事実を述べた。
「さっき奴らの話をこっそり聞いたんだ・・・。子どもらを競り市で降ろした後、アカネ嬢だけはどっか別の場所へ連れてかれるみたいだ」