「とまあ、ちょっと頼みすぎたかもしれませんね。ハハハ」
 クリストフの悪気の無い悪戯は、ちょっとした彼のユーモアの一種だった。からかわれたボリスは尻餅をついたまま目尻に涙を浮かべている。
 クリストフが居るだけで、朱音は本当に心強かった。
 思い起こせば、初めてクリストフに出会い、魔城で髪を切ってもらったときだって、ちょっとした悪戯心で手に握らされた紙の切れ端にどれだけ心救われ、励まされたことか。
 彼は朱音にとって、本物の救世主だった。


リストアーニャへ来て三日が経った。
 クイックルが度々得てくる情報によると、ルイは着実にリストアーニャへと近付き、そして運のいいことにあのリーベル号が修理の為にこの港へと停泊しているということが分かった。
 クリストフの提案で、ルイがこちらに合流するまではここで動かず待つこととなり、朱音は退屈ながらも宿の一室で眠ったままのアザエルと、お喋りなボリスと過ごしていた。
「アカネ嬢、この人、本当は死んでんじゃないか?」
 ボリスがつんつんと骨ばった小指でアザエルの頬を突く。
「止めなよ! 生きてるよ、ちゃんと息してるでしょ」
 ボリスの手をパチンと叩くと、朱音はきっと睨みつけた。
 そうは言うものの、朱音自身アザエルが生きているのか死んでいるのかはっきりとわからず、相変わら蒼白で冷たいままのアザエルを見て不安を抱かずにはいられなかった。
「そうかあ~~? あっしには息してるようには見えねえけどなあ・・・」
 ぼそりと呟いたボリスの頭をべちっと叩くと、
「っで!! ひでえな、アカネ嬢は」
と、涙目でボリュームの少ないぺたりとした髪を擦(さす)る。
(大丈夫、アザエルは死んでない! 死んでたら今頃腐敗が始まってる筈! 死んでないったら死んでない!)
 朱音はそう何度も自分に言い聞かせていた。
 しかし、まだこの後に訪れる奇禍を予想だにしていなかった。