また狭い空間で一夜を過ごす。



私は、住み慣れたアパートを引き上げた時のことを思い出していた──


「どこに行っても、逃げられるなんて思うんじゃねえぜ」

「そんなことしません。ちゃんと毎月振込みます」


旅行会社という業種は、その派手な外見とは裏腹に、給料は驚くほど安い。

どれだけ悪条件でも、人気職種だけに人材に困ることはないのだ。だから、いつまで経っても待遇があがることはない。

毎月17万円の支払いなど、とうてい出来るものではなかった。

就職情報誌で見つけた高額な仕事は、工場で働く派遣職だ。

「月々35万円可能。和気あいあいとした雰囲気で軽作業。初めてでも不安なし」

そう書いてあった謳い文句に飛びついた。


場所は、東京からそれほど離れていない栃木県。そこの電子機器工場での勤務となっていた。

もちろん寮もある。全室1ルームなら文句はない。


「派遣で重労働なんかしなくても、お前ならまだまだ稼げるのによ」


闇金の男は、私の体をなめるように見つめ、その言葉を繰り返す。


「どうぞお構いなく」


まだ日が昇らない暗い朝。この男はわざわざ駅まで見送りに来ていた。

といっても、本当に派遣会社で働くのか、確認をしにきたに過ぎない。列車の切符と雇用要綱を確認し、ようやく安心したようにタバコに火をつけた。


派遣会社から指定された電車に乗る。これから上野駅で待ち合わせだ。


「絶対逃げられないってことを忘れるなよ。どうしても無理なら俺に言え。ちゃんとした仕事を紹介してやる」


列車が滑り込んでくる。

ホームに鳴り響くベルをかき分けるようにして、闇金の男は声を大きくした。


「覚えておけよ!」


私はその声を無視して、ドアを潜る。

そのまま、空いている席に座ると、ホームとは反対方向へ顔を向けた。



ここから私の転落への道のりは始まった。




そして、着いた先は、雪景色だった。