私はダメ人間じゃない~ネットカフェ難民の叫び~

ほぼ予定の時間ピッタリに、夏子さんは現れた。

「お、待ったかい」

ちょっとした男っぽい言葉遣いが、夏子さんの性格をあらわしている。

「いえ、10分くらい前に来たとこです」

「そう。じゃあ、風呂行くか」

「はい」



歩いて5分もかからない。夜風に乗って石鹸の香りが漂ってくると、私はすでに風呂から上がったら、コーヒー牛乳を飲もうか我慢しようかという葛藤を始めていた。

しかし、胸を躍らせながら小さな銭湯の入り口を潜ろうとする私をよそに、夏子さんはその場で足を止めた。


「ごめん、私は一緒に入れないわけがあってさ。雪があがったら入るから、コインランドリーで待ってる」


私の浮き足立った脚が止まった。

「え……私なら気にしませんけど」

「ごめんね。でもゆっくり入ってていいからさ」

どんな理由かは聞けなかった。ただ、入り口の前で、今来た道を引き返して行く夏子さんを、黙って見送るしかなかった。



脚を伸ばして湯船に浸かっていると、毎日の辛酸が嘘のように思えてくる。自分がこんな快楽に浸っていること自体、信じられない気分だ。

頭のなかに溜まっていたストレスが、全身から溶け出しているようだ。


しかし


(夏子さん、どんな秘密があるんだろ)


その疑問は、頭の隅にずっとある。