村中の人が集まってくれた。
まだ早朝のいまは、村がまだ青白い霧につつまれている。
いつもよりも霧が濃い気がするな。
少し寒いが、さわやかな空気が、僕の肺をかけめぐる。
今日は約束の日。
僕が村を出ていく日。
僕がイルトでなくなる日。
僕が人間としての人生を終える日。
テマとラニテイはもう泣いていた。
ナギキは我慢しているが、目に涙が浮かんでいた。
村の人たちが泣いていた。
ほんとに。
優しい人たちだな。
バルさんは、一言も話さなかった。
ただ眉を少し悲しげにしかめ、いつものようにじっと僕を見つめていた。
もう二度と見れないかもしれない、みんなの顔。
一人一人に、簡単に別れのあいさつをしながら、その顔を目に、記憶に、焼き付けていく。
最後に、アルマさん。
アルマさんに向かって、走った。
思いっきり、抱き着く。
アルマさんも抱き返してくれる。
強く。強く。
この感覚を、死ぬまで忘れないように。
身体に刻みこむように。
思わず、口からこぼれる。
ずっと言いたかった、言葉。
「……母さんっ………」
「イルト……っ。」
それにアルマさんは、さらにきつく僕を抱きしめ、何度も、何度も何度も僕の名前を呼んだ。
「イルト……っ。
イルト。
私のイルト……。」
その言葉を聞く度に、喉がひどく締め付けられる。
自分の中に残った最後の人間らしい感情が、アルマさんの中に溶けて行く感じがする。
悲しい。
寂しい。
切ない。
怖い。
死にたくない。
アルマさん。
ごめんなさい。
ありがとう。



