いつだったかは、僕にはよくわからない。僕は突然村に来た。
村の人が発見したときの僕は、脱水、飢え、全身に負った怪我に、過労。意識はなく、死ななかったのが不思議なくらいだったんだとか。

長期に渡る治療が効いて、僕はなんとか目を覚ましたけど、そのときのことは曖昧な記憶しかない。目を覚ましても口を利かず、人の言葉にも反応を示さず、ただ病院の天井を眺めては、また眠りに落ちる。そんな生活だったらしい。村の人たちも、あれだけの怪我を負っていたのだから、もしかしたら頭を強く打って、耳も目も使えないのでは、と思っていたくらいだった。


それからどれだけ経ったのか、僕の意識もはっきりして、人の言葉にも反応するようになってきたけど、長らく人と話していなかった僕は、言葉をしゃべるということを忘れていた。
話せることは自分でもわかっていたけど、声を出す気にはならなかった。
村の人たちも、僕が障害を持っていないことはわかっていたけど、口をきかないのは、精神的な問題だろう、と言い、僕をそっとしておくことにしたらしい。


そんな僕が。




「………ト。」



「イルト。」

「……あ、はい。」

「どうしたの?大丈夫?」

「すみません。ぼーっとしてて」

「ほんとに大丈夫?
イルトはいつも無理するんだから。」

と、心配げな顔を浮かべる。
アルマさんはいつも優しい。ほんの少しの僕の異変にも気づいてくれる。
それに僕は微笑んで、

「大丈夫ですよ。ほんとに。
ありがとうございます。」

と言う。
するとアルマさんはまだ少し心配そうな顔をしてから、ふっと微笑んで、

「そう。ならいいんだけど。」

と言って僕の頭を優しくなでてくれる。それだけで幸せな気持ちになる。

「もう日も昇ったし、今日のパンもこれくらいでいいわね。
朝食を用意しましょうか。」