自分はまだ十六だ、妻となるには若い、と言おうとしていた矢先に先手を打たれ、聖凪はぐっと言を失ってしまう。
もう、こうなってしまっては逃げ道は一つしかない。あまりにも幼稚で品に欠ける手段のため使いたくはなかったが背に腹は変えられない。
そして、父も無理強いはしない人だ。自分が此だけ拒否を示していると判れば諦めてくれるだろう。
聖凪はすぅっと大きく息を吸い込むと正面から父を見据える。
「私はまだ何方とも寄り添うつもりは全くこれっぽっちもございません。もうしわけございませんが、その旨相手の方にもお伝えください。では失礼させていただきます。」
一息に言い終え、勢いよく立ち上がり出ていこうとする聖凪を、晴明も何とか呼び止めた。
「待ちなさい、まだ話は終わっていない」
実の父にその様な困った顔をされては、戻るしかないではないか。
何時もより力なく見える父の前に渋々戻り、腰を降ろすと晴明はもう仕分けなさげに口を開いた。
「それが、そうともいかんのだ」
なにが、そうともいかないのだ。首を不審気に傾げる聖凪に晴明は申し訳なさそうに笑う。
「相手方の父君が参議殿で直接、我が家へ姫君をと頼まれてしまってなぁ………」
普段は自分の身分の低さ等気にしてこなかったが……こうなる事が在るならば、もう少し出世に貪欲になればよかった。
今さら後悔しても後の祭なのだが、力で持ってこられては、晴明もおいそれ断る事ができない。
これに関しては娘に対し大変申し訳なく思っている。
この先自分の身分の低さが娘に付いて回るのだから。
対して聖凪は何時もと売ってかわって頼り無い父を見て、少々むっとなる。正直な所、父の情けない所など見たくはなかった。
身分の違いなど一笑して欲しかった。
「身分など気にしなければよいではありませんか!!所詮お相手も、参議殿のご子息、なのでしょう!!お相手自体は父上と位もそうかわらないのでしょう!?」
情けないと怒鳴る聖凪に晴明は困った顔をする。
「そうは言っても容易に断る事は出来ないよ。私は従五位下がいいとろこだからね。」
「それを言ったら父上だって、義理とはいえ、大納言の息子、でしょう」
「この様な時こそお祖父様にお願いすればよいではありませんか!!」
捲し立てる聖凪に晴明は静かに応える。
「………一度会ってはみんか?」
「それで良ければ受けるもよし、断るもよし」
「言っておきますが、私はまだ成人しておりません」
揚げ足をとろうとする聖凪をものともせず父は続ける。
「それでも一月で成人だ。一度会ってみなさい。よいな」
返事をしない聖凪に申し訳なさそうに笑うと、晴明は先に座を立つ。
「父の頼みだ」
顔を上げた聖凪は直ぐに俯く。
「分かりました」
それを聞き、晴明はそっと肩から力を抜く。そして御簾をくぐろうとしたとき、後から力ない声が届いた。
「お相手は…」
「お相手のお名前は…」
俯いたままの娘を振り返り、一言口を開く。
「藤原有嗣殿だ」


