香織のこんな姿を見たことなんてなかった。


思えば、こういう修羅場すらなかったのだろう……



そして改めて自分の飛翔くんへの気持ちが証明された気がした。



昔のあたしなら、こんな面倒くさいことはごめんだ


それに、今のこの場ですら想像できやしなかっただろう……




本当の好きの意味さえ知らないあたしは、冷めたらもう終わりだった。


むしろ好きというものすら分からないままで、こんな風に追いかけることなんてなくて、何より自分のプライドが許せなかった。




誰かのために心を痛めることも、悲しむことも、涙を流すことさえも……




「流奈は?ちゃんと自分の気持ち言いなよ?」


「うん……」


きっと、今までのあたしなら笑顔で“さようなら”なんて言葉を出せたのかもしれない


相手の気持ちなど、どうだっていいと……。



だけど、守りたいものが今のあたしにはある。



飛翔くんを愛した、嘘偽りのないこの気持ち




「あ~!!もうじれったいな!!ちょっと電話してくるから」


黙っているあたしたちを見て、きっと香織は気を利かせてくれたのだろう。


携帯を片手に、席をたちあたし達の前から姿を消した。



気まずい空間がもっと重たくなる……


飛翔くんの方を見ると、肩を落として下を向いている。



こんな時でさえかける言葉なんて見当たらない。



そして、好きな人がこんな悲しい表情をしていることに胸の奥が痛む



あたしはもう、本当に飛翔くんの傍から離れなくてはいけないのかもしれない



そんなことを考えながら、無言の中過ぎていくのは時間だけだった。