「伊織ちゃん早くっ!!」
少しでも顔が隠れるように、アップしていた髪を下ろすと、すぐさまボーイの後ろへと並んだ。
「伊織ちゃん行くよ?」
「……」
「……伊織ちゃん!!」
「伊織っ!!!」
「えっ……?」
その声に反応すると、目の前にはボーイと店長があたしの目の前で真剣な顔をして立っていた。
「なに?」
「聞こえてた?お客さんの所に行くよ?」
「あ、うん……」
ボーイと店長が顔を見合わしているのを見ながら、あたしはフィールドの方へ視線を反らした。
「しっかりね!!」
その言葉に、あたしの背筋が伸びた。
もう何年もこの店にいるのに、今まで一度も言われたことのない言葉
あたし何やってんだろ……
仕事にプライベートを持ちこまない
それが、あたしのスタイルだったのに……。
「ごめんなさい」
前に歩くボーイに小さく言うと「人間だからしょうがないよ」と前を向いたまま優しい声で言ってくれた。
「大変お待たせしてすみませんでした」
ボーイが深く頭を下げている横で、あたしも頭を下げた。
「いいよ~どうした伊織ちゃんまでかしこまって~!!」
顔をあげると「早く座って飲みな♪」とあたしの手を引っ張ってくれた。
その優しさに、なぜだか涙が零れ落ちそうになる。
あたしは何年もこの店にいて、気付かなかったことばかりだ。
そう、あたしは色々な人たちから沢山の優しさを与えて貰っていた……
そんなことに気がつかなかったのは、心がなかったからだろうか。
感情が動き出さなかったからだろうか……
「ありがとう」
「また、かしこまってぇ!!」
あたしの肩をポンポンと叩いた、ずっと指名し続けてくれている梶原さんはボーイに「いつもの持ってきてあげて♪」と飲み物を頼んでくれていた。