なんとか歌い終わり、てっちゃんの拍手が終わると同時に、あたしは「てっちゃんも何か歌ってよ」と、マイクを渡しては、


この後の会話から逃げようとしていた。



今、接客をしたってあたしは上の空になりそうだ


だったら、カラオケを歌って貰っている間に仕事に切り替えなきゃいけない……


「え~っ!何がいい?」


「う~ん、元気になる曲かな♪」


「よし、じゃあ1曲だけね」



てっちゃんはボーイ呼び、耳打ちしながら機嫌よさそうにマイクを持ち準備をしている。



あたしは画面を見ながら歌が始まると、てっちゃんの歌に聞き惚れているフリをながら手拍子をした。



「いらっしゃいませ!!」


騒がしい店の中でも、元気なボーイの声が響き渡る


お客さんか……


平日なのに、今日は結構お客さんの入りがいいな……



あたしが座っている席は唯一ドアが見える場所だ、



歌を聞きながらもあたしは、飛翔くんのことを少しずつ頭の隅の方に押し込めようとしながら、そんなことを考えていた。




店のドアが大きく開いた瞬間に、あたしの手拍子は自然と止まっていた。



えっ……?


あたしの視線は店のドアより、もっと向こうへと向かっている。



息を吸うのが苦しくなったのは、あまりにも速い鼓動のせいなのであろうか……



店のドアを開けながら、ボーイをお客さんが話しているもっと後ろの方で、飛翔くんの姿が一瞬だけ見えた気がした。


いや、あれは間違いなく飛翔くんだった……



でも、なんで??



ふと時計を見ると11時半をさしている。



あたしの視線は、画面に移動しなきゃいけないことさえ忘れている。


お客さんの歌声も耳には入ってきていない。




開けられたドアが閉められた。



きっと、もう満席だったのであろう……




そのドアが閉められても、なぜがあたしの鼓動は静かになることはなく、


エアコンがガンガンきいているこの空間なのに、あたしは体中が熱くなって行った。




「伊織、ねぇ……」


「えっ?あ、ごめんね……」


「聞いてなかったでしょ?」


「聞いてたよぉ~」


空けられていたグラスににも気づき慌てて、お酒を作る


まるで、その場から逃げるかのように



「いや、聞いてなかったね」


マイクを戻すと、あたしの頭をコツンと叩いた。


「ごめん……」


「いいよ、疲れている時もあるよね」



本当に、あたしのお客さんはたまに変わった人もいるが、ほとんどが気をつかわずに楽な人ばかりだ。


むりやり、同伴やアフターに誘ってくる人もいない。



まぁ、あたしが昼間も仕事だと嘘を付いているからだろうけど……



お酒を作り終わったグラスは静かに、てっちゃんの前に置いた。



「飲むかっ!!」


「うん♪」



新たに乾杯をして、あたしは残りのお酒を飲み干した。



それでも、あたしの頭の中はさっきの光景だけが焼き付いていた。