飛翔くんに気づかれないように、腕時計に目を移すと、もう8時半を過ぎていた。


今日は9時出勤だ。


そろそろ行かなくては遅刻になる。



「そろそろ行かなきゃ」


車から再び流れ出している音楽の間奏の間にそう、ポツリと言い放つと、飛翔くんの顔が一瞬で曇るのが分かる。


「勝手に行けよ!」


「行くよ!!」


そう冷たく言い放つ飛翔くん。


その冷たい言い方も自分の気持ちを隠すものだと言うことをあたしはもう知っている。


「行っちゃうんだ……」


「行きたくないけど、行く……」


「だよな、そうゆーのはちゃんとしなきゃな」


「うん」




そう、今度はあたしが飛翔くんに教えてあげたい。



報われることのないものだとしても、あたしの心を取り戻してくれた飛翔くんに、



人を好きになるのにも、愛することにも、


理由などないことを……



「しかし、やってね~よなぁ、これから男の相手するのを見送らなきゃいけねぇんだよ」


「うん……」


「俺ならぜってぇ~働かせねぇのに……」


タバコに火をつけ、ギアをドライブに入れると、車がゆっくりと走り出す。



あたしは、窓の外を見ながら、時間が止まってしまえばいいのに……


そんなことをただただ、思っていた。






時間はあっという間に過ぎて行く時間。



あたし達はどのくらい一緒にいれたのだろうか、


時計を見ると、家を出てからはもう1時間以上も経っている。




本当に不思議だ、好きな人と一緒にいる時間というものはあっという間に過ぎていく、


誰かに意地悪されて、時計の針を進められた感覚に陥る。




そんなことを考えながらも、こうして時間だけが過ぎて行き、気が付けば、あの秘密の場所についていて、あたしの車に飛翔くんの車が横づけされている。




「じゃあね」


「おう、頑張れよ!」


「うん……」



そう言うと、助手席のドアを開けて、小さく手を振り微笑んでみせた。



バタンーーー!!!




その車のドアを閉める音が、胸の中まで響いてなぜか、痛い……



離れたくない……




そう思いながらも、自分の車のドアに手をかけた。