「あの…大人になったなら…がんばってね、好きな人と近付けるように」

「は?好きな人いないよ」

司くんは新しく冷やしたタオルをあたしに渡してきた。



何言ってんだろ。

「大事に思ってる人がいるんでしょ?」

あたしはタオルをあてながら聞いた。

「いるけど別に好きじゃないよ」

いやいやいや。

「好きだから大事に思うんでしょ?」

「…そうなの?」

「そうでしょ?」

司くんは考え込んでしまった。

「いやぁ、でも…ないわ、ない。俺、無理」

ブツブツ言っている。

…ズレてるなぁ。

「というわけで、あたしに構ってる余裕あるなら、好きな人のこと考えときなよ」

「だから好きじゃないって。ていうか…また、結局それ?なんで?そんなに嫌?俺」

司くんがすごく悲しそうな顔をしたから、あたしはうっかり余計なことを言ってしまった。

「そうじゃなくて。ほら、優しくしてもらってさ…あたしが司くんのこと好きになっちゃったら困るでしょ?ないけどね」

司くんはきょとんとあたしの顔を眺めた。

…口開いてるよ。

「サツキさんが、俺を?」

「いや、だから、ないけど、そうなったら困るでしょって」

司くんは激しくうなずいた。

「うん、それは困る、すごく困る!」

…。

好きなんですけど。

そこまで全力で拒絶されると、落ち込む。

司くんはまたブツブツ言い始めた。

「仕事辞めてって言っちゃうな…でも俺、自分の生活でいっぱいいっぱいだから面倒見てあげられないし…。ん?むしろ今俺が面倒見られてる?やっぱヒモか?」

…へ?

「バンド成功するまで待っててなんて…言えないし…バンド辞めたりしたら俺じゃないし…困ったな」

「あ、あの…」

司くん?

司くんは我に返って、あたしを見てにっこりほほえんだ。

「やっぱ困るね。よかった、サツキさんが俺のこと好きじゃなくて!」

なんかものすごくコメントがズレてるけど、司くんがあたしに好かれたら困るのは、よくわかった。