あたしが店長を好きなだけであんなに不安がって泣いてたのに、

セックスしたなんて知られたら…


あたしの中でだけでも、なかったことにしなきゃ。

あんなセックスなんてたいしたことないんだって。


「淳子さん…」


あたしはもう泣くのをやめた。


「あたし吉原いきたい」




それからのあたしは、自分で驚くほど冷静に行動した。

浅田さんは猛反対したけど、淳子さんは、

「一週間考えて、気持ちが変わらなかったら連絡して」

と番号を教えてくれた。

次の日店長に連絡し、「一身上の都合で」お店を辞めた。

すごく事務的に会話をした。

今やあたしがいないほうが気が楽らしく、店長は引き止めたり理由を聞いたりしてこなかった。

両親には、

東京に研修を兼ねた転勤になったと嘘をついた。

すごく喜んでくれたけど、あたしの良心は痛まなかった。



逃げたかった。



何をしてでも、逃げたかった。



早く、今までのあたしなんていなくなればいい…



それだけだった。



一週間を待たずに淳子さんに電話をし、

もう行くしかない状況になったこと、

決心は絶対に変わらないことを伝えた。

「わかった。ただし、すごくキツいわよ」



淳子さんが吉原にいるとき一緒に住んでた女の子が、部屋をシェアする相手をまだ探していたので、

あたしはその子と暮らすことになった。



お店での名前を決めるとき、あたしはなんでもよかったからボーイさん任せにした。


「そうだなぁ。じゃあ、もうすぐ五月だから、サツキでいいかな」

サツキ…

早紀に、似てるな。

笑ってしまった。

「サツキちゃん。うちの店は年配の落ち着いたお客さんが多いからね、金髪はちょっと…」

「わかりました、暗くしてきます」

あたしは知らない美容院に行き、

早紀にやってもらった「くせっ毛の外人さん風」な髪を、

ストレートにして黒くした。


早紀…

もう大丈夫だよ。



ばいばい。