「だが、ワシは謝れなかった。もう、何年も目も合わさずに居たせいか、声も掛けれずにいた。そして……」


震える声を整えるような沈黙。


「去年の春、あれは死んだよ」

「……どうして、亡くなったのかしら」

「肺に、カビが生えてな。内側から腐るようにして死んだ」


老人は、立ち上がり、桜の幹に手を触れた。


「これと、同じだ。傷つけられて、内側から腐っていく。そんな風にしてあいつは死んでいった」


恵理夜の勘は外れていなかった。


「……この桜も、ワシが傷つけた。そして、これだけがこんなにもみすぼらしい木に成り果ててしまった」

「どんなに傷つけられても、何度でも、変らずに花を咲かそうとする……それは、奥様のことだったのね」


桜祭りの中で、クラスメイトにからかわれながらも微笑む恵理夜に怒鳴ったのも、そこに妻の姿を投影したからだ、と納得した。