「お願いします!俺たちの話を聞いてください」

金髪男が前に回りこんで、頭を下げる。

「やめてくださ…」
ふと博子は官舎の建物を見上げた。

いくつかの窓からのぞいていた顔が、さっと隠れる。
もちろん、二階に住む遠藤真弓も見ているに違いなかった。

「困るんです」

再び窓からの視線を感じる。

男が二人、もう一度頭を下げた。

「わかりましたから、顔をあげてください」

博子は苛立った。

「ありがとうございます」

彼らは顔を見合わせて、ホッとしたように笑う。

「ここではなんですから、この坂を下って、駅前に緑の屋根の喫茶店があります。
そこで待っててください。私、荷物を置いてから行きますから」

二人はまた頭を下げたが、博子は無視して階段を上がり始めた。

二階の踊り場にさしかかった時、遠藤真弓の部屋のドアが開いた。

「加瀬さん!今の知り合い?さっきからずっとのぞきこんでて、気味が悪かったのよ」
興味津々といった顔だ。

「いいえ、道を尋ねられただけですけど」
博子は淡々と返す。

「そうなの?そんな風には…」

「本当ですよ、ああ見えても礼儀の正しい方たちでしたよ。見た目で判断してはいけないものですね」

抑揚のない声で答える。

早く話を切り上げたかった。
真弓につかまると、延々と話を聞かされる。

「主人が言ってたんだけど、最近この辺り空き巣が多いんだって。でもまさか警察官の宿舎に入ろうなんて泥棒はいないわよねぇ」

「あ、私、お刺身買ってきてたんです。こうも暑いと、何でもすぐに傷んじゃうから嫌になっちゃいますね。じゃあ、私はこれで」

愛想笑いをして強引に話を終わらせると、博子は階段を上がった。

不満そうに真弓はその背中を見上げる。


母からもらった筑前煮を冷蔵庫に入れたついでに、冷えた麦茶を出しコップ一杯を飲み干すと、彼女はダイニングの椅子に腰かけた。

窓から生暖かい風が入ってきては、レースのカーテンを無駄に揺らしていく。


<もう、どうにでもなればいい…>

乱れた髪の毛が数本、汗で頬に張り付いていた。