河野さんの部屋は1DKというところで、十畳ほどの部屋に狭いキッチンとユニットバスが並んでいる。


「狭くてごめんね。おまけに散らかってるけど」


と河野さんは恥ずかしそうに笑う。


「いや。うちより広いと思うよ」


なんて言いながら俺はきょろきょろと視線を這わした。女の子独特の甘くて良い香りがする。


部屋にはベッドと折りたたみ式のテーブルがあり、本棚と小さなキャビネット、それからテレビ台だけが置かれていた。


本棚の中は空っぽで、テレビ台の上のテレビもない。


おまけにあちこちに段ボールが積んであった。


「引っ越しでもするん?」


何気なく聞くと、狭いキッチンに立ち冷蔵庫の中を覗きこんでいた河野さんは悲しそうに眉をしかめ、顔を上げた。


「うん。ホントは黙ってようと思ってたけど、あたし大学辞めることにしたの」


「何で!?」


その事実に驚きを隠せなかった。河野さんは成績優秀だし、授業態度もまじめ。教授からも友達からも好かれていて何の問題もなさそうだったのに。


冷蔵庫の中からお茶のペットボトルを出しながら河野さんが寂しそうに口を開いた。


「うちね、両親が離婚したの。それで母親の方についてくことになって…やっぱ医学部だとお金かかるし…」


「そう……やったんやぁ」


「お父さんはあたしの学費ぐらい面倒見るって言ってくれたけど、ちょっと今は関わりたくないって言うか……」


河野さんは複雑な表情を作って、グラスに冷たい緑茶を注いだ。


どうやら複雑な事情というものがあるらしい。俺はそれ以上は突っ込まないでいた。


「それにあたしどうしても医者になりたいわけじゃなかったし」


グラスをテーブルに置いて、河野さんは無理やり笑顔を作る。


「もともとお父さんが個人医の院長だったから、その跡を継ぐつもりで医学部に入ったわけで、お父さんが居ない今、医学部で一生懸命勉強する理由もなくなったし」


そう言いながらもどこか寂しそうに笑い、河野さんは俺の向かい側に腰を落ち着かせた。