ガシャン!


派手な音がして俺のコーヒーカップが床に落ちた。


コーヒーがこぼれて、カップが派手に割れる。


幸いにもコーヒーは俺の体にこぼれることなく、テーブルに広がった。


「お客様!大丈夫ですか!?」


ウェイターが慌てて駆けつけてきたが、俺はうつろな目で彼を見上げるしかできなかった。


「お客様?」


ウェイターがまたも怪訝そうに眉を寄せる。


「いえ。大丈夫です。すんまへん。ちょっと手ぇが滑ってしもてん」


「…はぁ。すぐに片付けますので、お待ちください」


俺の方言に彼はおやっ?と言う顔つきを一瞬したが、それでもきびきびした様子で布巾を取りに戻っていった。





「そうゆうことやから。これは俺とお前との秘密やさかい、他言無用やで」





戒さんが妙に落ち着き払って小さくなったタバコを灰皿に押し付ける。


だけど顔色がすぐれないのは変わらない。


「お兄さんたちは…」


「知らへん。このこと知ってンのは、おかんと親父と龍崎の関係者がごく数人や。だけどお前には知っといてもろた方がええと思ってな」


「ええ……まぁ」


先ほどのウェイターが戻ってきた。


手には布巾を持っている。


まるで仮面をかぶったようなのっぺりとしたウェイターの表情を見て、何だかこの時間が全て虚像のように思えた。