「葵兄ありがとねッ」

「おー。早く行け」

咥えていたパンは到着する前に食べ終わった様子。
俺のスーツの背中をパンパンと払っているところを見ると、相当パンくずつけやがったな・・・。
一張羅なのに。
メットを俺に預けてバイクを飛び降りると、校舎に向かって駆け出した小春が不意に立ち止まってこちらを振り返った。

「なんだよ?」

「葵兄、もう行ってもいいよ?時間大丈夫なの?」

なんでまだいるの?と不思議そうに首を傾げる小春。
行ってもいいと言われても、何を隠そう俺の新しい職場もここなのだから仕方ない。

「小春が行ったら行くよ。慌てて走って転んでも困るしな」

「ちょっと、バカにしないでよ!転びませんよーだッ。じゃあ行ってきます!」

再び走り出す小春の背中を見送ってから駐輪場へバイクを止めると、俺も職員室へと向かった。










「おっと、忘れてた」

職員室の扉の手前で鞄から眼鏡を取り出してかける。
視力は良いのだが昔から目つきが悪いだのなんだのと因縁をつけられることが多いから、社会人になってからはなるべく眼鏡をかけるようにしている。
劇的には変わらないが、無いよりは幾分かマシだ。

「俺のクラスは……?」

掲示板に貼りだされているクラス分け表の中から自分のクラスを探す。
すると、突然背後から声を掛けられた。

「初めまして。あたし、村井唯香(ゆいか)っていうの。あなたは?」

そこにいたのはおよそ高校という場所にそぐわない派手な、というか露出度の高い格好をした女性がいた。
白いブラウスの胸元で今にもはち切れそうなボタン。
タイトなミニスカートは少し屈めば見えてしまうのではないかと、こちらの方が心配になってしまう程ギリギリ。
明るめの髪はくっきりウェーブでアップにされている。
思わず「キャバ嬢ですか?」と聞きたくなってしまった。

「あー……俺は……いッ!?」

自己紹介をしようとした瞬間、何者かによって思いっきり背中を叩かれてしまい、叶わなかった。
素早く振り返りながらその人物を睨み付けると、「ハハハッ!」となんとも爽やかな笑顔を浮かべた見るからに体育会系の暑苦しい男が……。

「いきなり何すんですか!?」

叩かれた背中がヒリヒリと痛む。

「お前、体育教師なんだってな。俺もなんだ。時任芳樹(ときとう よしき)!わからない事があったらなんでも聞いてくれよ!」

「……どうも」

何が楽しいのかまたしても豪快に笑う彼はどうやら俺の先輩になるらしい。
これからの数年間、同じ体育教師としてかなりの時間を彼と過ごさなければいけないのかと思うと、先行きに不安を覚えずにはいられなかった。
果たしてこのハイテンションについていけるのか……?