思わず即答でOKしてしまいそうになったが、寸でのところで飲み込んだ。

「はぁ?凌に頼めよ……あいつ休みだって言ってたろ」

俺が車を持っているのなら2つ返事でOKしただろう。
だが、生憎俺の愛車は3年前から乗り続けているバイクのみ。

「絶対イヤッ!凌兄はマイペースだから自分の仕度が終わるまで家出られないもんッ。それなら自転車で行った方がマシだよ!」

「じゃあチャリで行けよ」

「だからそれじゃ遅刻しちゃうのーッ!!」

「駄目だ。俺はバイクの後ろに人は乗せねぇっていつも言ってるだろ」

バイクの後ろに人を乗せたくないのにはちゃんと理由がある。
運転には気を付けているつもりだが、万が一事故をしてしまった場合、身を守るものが何もないから。
小さな事故にしたっても体に傷が残るような事になれば一大事だし、それが好きな女なら尚更だ。
可愛い小春の頼みならなんでも聞いてやりたいがこればかりは譲れない。
心を鬼にして玄関のドアノブに手をかける。

「こんなにお願いしても駄目なの……?」

ドアを開きかけた所で、スーツの裾をくんっと引っ張られてその動きが止まる。

「ねぇ……葵兄……」

一歩、足を踏み出した小春との距離がぐっと縮まる。
そんな目をしたってダメだ。
大事な小春が怪我をしたら困るだろ。
スーツを掴んでいた小春の手はするりと俺の腰にまわり、小春は自分の方へ引き寄せるようにして体を密着させた。
たったそれだけの事なのに、全身の血液が沸騰するんじゃないかという位に興奮する。

「どうしてもダメ……?」

上目遣いに俺を見上げるクリクリとした大きな瞳に吸い込まれそうになる。
思わず細い腰に腕を回して抱きしめそうになる衝動を抑えるのに必死だなんて、お前はこれっぽっちも思ってないんだろうな。

「あーッ!!わかったよ!!凌にメット借りてこい!」

頭では断らなければと思っていても、小春の猛攻の所為で俺の口から出たのは降参の台詞。
途端に俺から離れて飛び跳ねる小春に名残惜しくも感じたが、これ以上は俺の理性が持たない。

「やった!葵兄大好き!凌兄ー、ヘルメット貸してーッ」

急いでリビングへ戻る後ろ姿を見つめながら、俺は玄関の扉に背中を預けたまま力が抜けてしまった様にずるずるとその場にしゃがみ込んでしまった。

「勘弁してくれって……!」

妹に迫られ、情けなく赤面してしまった事を小春は気が付いていないだろうか。
頭を抱えていると、リビングのドアから凌が顔を覗かせた。

「相変わらず甘いねぇ」

「うるせぇよ。わかってるっつーの……!」

楽しげに口端を持ち上げる凌は絶対、俺を揶揄って楽しんでいるに違いない。

「葵兄大好きだって?」

「ほっといてくれ」

大好き……か。
この言葉が1人の男としての俺に向けられる事は一生無いんだろうな。

「くそ……ッ」

折角セットした髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜ、引ったくるように愛車のキーを手に取ると駐車場へと足を向けた。