「───連絡事項は以上です。黒澤先生、職員室に戻りますよ」
「あ、はい」
教卓の上で書類を揃えると、大井先生は窓の外を眺めていた葵兄を呼んだ。
ぼーっとしていたのか、慌てた様子で出入口へ向かう葵兄があたしの横を素通りしようとしたから、ワイシャツの裾を掴んで呼び止めた。
「おにい……黒澤先生!」
「小春か。なんだ?」
「それはこっちの台詞だよッ。なんで葵兄がこの学校にいるの!?」
みんなに聞かれていい話しなのかわからなかったから小声で問い掛けると、葵兄は悪びれた様子もなく。
「転勤になったって言ったろ?」
「そうだけどッ」
ああもう、訳わかんない。
「はいはい。家に帰ったら聞いてやるから、とりあえず飯を食え」
葵兄はまるで子供をあやすようにあたしの頭をポンポンと撫で、そのまま教室を出て行ってしまった。
「もう……ッ」
「今の、小春のお兄さんよね?この学校だったんだ?」
撫でられた頭を押さえ、閉められたドアに向かって小さく悪態をついていると、隣の席で頬杖をつきながら葵兄が出ていった方を見つめながら瑛子が問いかけてきた。
「あたしだって知らなかったよ。葵兄ってば何にも教えてくれないんだもんッ」
「兄ちゃん久しぶりに会うたけどやっぱ格好ええな」
壱夜は男兄弟がいないから幼い頃はよくうちに遊びに来てたっけ。
葵兄と凌兄の事を本当のお兄ちゃんみたいに慕って遊んでいたのを思い出す。
「凌さんも元気?」
「元気だよー。相変わらずマイペースで困っちゃうけどね。今度遊び来なよ」
鞄の中からお弁当箱を取り出す壱夜に答えながらあたしも自分のお弁当を机の上に広げる。
「え!?マジ!?行ってええんか!?」
「え・・・べ、別にいいけど・・・」
「ぷ・・・くくく・・・ッ」
突然立ち上がって大きな声を出すからびっくりした。
隣では瑛子が必死に笑いを堪えているし、一体何なんだろう。
そんなにお兄ちゃん達に会いたかったのかな?
「壱夜、アンタわかり易すぎ。お兄さんに会いに行くだけなのに興奮しすぎだっての。あーお腹痛い」
「う、煩いわ!そんなん、わかってるし・・・!」
「じゃああたしも小春のうちに遊びに行こうかしら」
「そうしなよ~!2人で遊びにおいでよ!」
「瑛子も・・・?2人きりとちゃうんか・・・」
「あら。あたしも一緒じゃ不満なの?」
「・・・滅相もございません」
瑛子のにっこりとした笑顔とは裏腹に目を逸らして俯く壱夜。
まったくこの2人は仲がいいんだか悪いんだか・・・。



