俺の同期には,変わった男がいる.
でも,俺たちは,早い時期から友人関係になっていた.
お互いに,足りない何かを持っていたのかもしれない.
それか,性格が正反対であることも,理由なのかなとも感じてくる.

彼は,秦倉という男.
秦倉は,わりと家庭的な男だということが,部屋でよくわかった.
男だから,部屋は散らかっている.
しかし,
天気がいい日は,洗濯物を外に干す.帰宅後に取り込む.
週末になると,天気のいい日は,布団を干す.
スケベな本も,本棚にきちんとしまってある.
そして,極めつけは,毎日の自炊だ.
彼は,大きな鍋に,野菜や肉,魚介類を放り込み,市販のスープで鍋物を作る.
たまに,パソコンでレシピを調べ,コンソメなどを使って作るときもあるようだ.
豆乳鍋,キムチ鍋,カレー鍋,ちゃんこ鍋・・・
彼は,ほぼ毎日,鍋物を作っている.
夕方,俺宛にメールが来ることも多い.
「こんど,秦倉亭で,飲みませんか? トマト鍋を作る予定です」
よく毎日,鍋料理ばかりで飽きないな,と思うのだが,ビールはうまいし,野菜も食えるし,冷蔵庫の食材整理になるし,彼なりの工夫なのだろう.
俺は,基本的に,食い物は何でもいいという考えだ.
「その鍋で,飲もう.しゃべろう」
メール.
すぐに返事が来る.
「では,発泡酒と安いウイスキーを用意しておきます」
毎回,鍋とこれだ.


彼の部屋へスーツのままいくと,ラフな格好に着替えた秦倉が,鍋を煮込んでいた.
「こんど,鍋男(ナベお)というあだ名で呼ぶようにするぞ」
「・・・え?」
彼は,おれの気まぐれで,鍋男にさせてしまった.


鍋男の鍋物は,正直とてもうまかった.

俺が,空腹だっただけかもしれない.
「さすが鍋男だね」
そういうと,彼は,とっさに俺にこう切り返した.
「最初からおいしいと言わないでくれ.・・・一度は,ボクをけなしてください.で,二度目は合格点をください.そうでないと,作り甲斐が無い・・・」

俺は,驚いた.

「Mの男は,けなされて実力が伸びる.ほめられて伸びるのは,Sなんですよ」
鍋男が,なぜそういう持論なのかが俺は理解できなかった.
「一度けなされてから,次の機会で前回よりはおいしくなったといわれると,ボクは燃えてくるんですよ.これは,恋愛も鍋物も一緒です」

俺は,その考えに反対はしないが,素直に「おいしい」って言われたほうが,作る側はうれしいんじゃないのだろうか?
でも,それは,俺の固定観念なんだろう・・・