俺は,奇跡的に正社員となることができた.
大学時代は,ほとんどカラオケを歌って卒業してしまったので心配だったけどね.


たしかに入社試験の面接は地獄だった.
「名前は?」
「南 有司です」
「では,あなたのことを,今から好きなだけしゃべってください.どうぞ」
「は?」
「・・・は?,ですか? 一文字だけですか?」
「いえ・・・」
「・・・どうしましたか? 二文字ですか?」
もてあそばれている気がしてきた.

大人は,学生を何だと思っているのだろう.
まあ,お偉いさんたちには,俺たちは,息子の世代に思えるのだろう.

「(つまんないな)わたしは,山梨県出身です.性格は,普通だと思います」
俺は,なんとかがんばって答えはじめた.
実家の住所,
両親の名前.
卒業した学校.
一生懸命に答えるつもりだったけど,しゃべることがなくなってくる.
時計の針って,案外と思ったよりも進まない・・・
針は,意地悪.

面接官のお偉いさんは,ため息をついた後,ついに口火を切った.
「キミの今までの人生は,たったの1,2分で終わりなの? そんな短いことは無いでしょう? もっと君のことが聞きたいんだよ.なんでもいいんだよ.キミの話を聞かせてよ」

はーん,無気力学生の排除ですか・・・
食らいついてくるぐらいの学生を採用したいわけですね.
頭のいいオトナでいらっしゃいますね.
それに,こういう質問は,世間で言われてる「聞いちゃいけない内容」に気を配ることも無いもんね.
でも,言っておきますが,俺は素直じゃありません.

・・・と頭の中で考えていると
「時間はたっぷりあるからね.ゆっくりと思い出して・・・そして,キミのことを聞かせて欲しいんだ」
でも,少しだけ,俺の理性が作動しはじめた.
なんなんだ,この会社は・・・.
不意の質問に,答えが出ない.
今朝,がんばって,新聞を読んできたことも,こういう質問には対応できない.
明らかに,俺は劣勢だった.

時間は進む.

・・・でも,思えば,俺は熱い恋もしていない.
ぼーーーーーっと窓の外を見ていたら,助け舟が来た.
「学生時代の思い出は? 恋愛は? 友達関係は? クラブ活動は?」
ーーーーそんなの,言えるわけ無いだろっての.
“カラオケ歌って,何とか卒業しました.”
これは,さすがに許されないだろう・・・
好きな人がいても,本気で恋愛はしてません.
友人は,学校に来ないで,俺にメールしてくるだけだから,ほとんど一人だったし,クラブ活動なんて適当・・・