どれくらい時間が経ったのか――。

蘭は自分の名前を呼ぶ声に気が付いた。

「蘭、入るわよ」

佐雪がそう言ってドアを開けた。

蘭はベッドの上で、枕に顔を埋めている。

「蘭」

「――何」

「今日、会って来たの?あの子と」

「いいじゃない。どうだって」

顔も上げずに答える。

「今通ったんだけど、まだいるわよ、あの子」

「――知らないわ」

「知らないって……。もう9時よ」

9時。

もう、そんな時間になっていたのか。

どうして待ってるの?

好きじゃないんだから、帰ればいいのに。

――佐雪はそれ以上は何も言わず、黙って部屋を出た。

話したければ、自分から話してくるだろう。

今の状態では、いくら問い詰めても何も言わない。

佐雪は首をすくめながら階段を降りた。

初めての恋愛である。

嬉しいことも悲しいことも、すべての出来事が蘭の糧になるだろう。

時には天にも昇るほどの幸せを感じ、時には深い深い海の底に沈んだような、暗黒の絶望の世界に突き落とされる。

必ず、誰もが通る道だ。

ただ――。

佐雪は結婚に失敗している。

自分と同じ道を辿らなければいいが……。

佐雪はそう思った。