「蘭!お風呂入りなさいよ」

階段の下から2階を見上げて、佐雪は叫んだ。

返事はない。

佐雪はため息をついて、仕方なく階段を昇り始めた。

少し苛立ちながら、ドアをノックする。

「蘭!蘭!寝てるの?――入るわよ」

佐雪は、そう言ってドアを開けた。

部屋をのぞき込んで、佐雪は面食らった。

部屋の中は、窓の外の街灯の明かりが、うっすらと差し込んでいるだけで暗かった。

その中で、蘭は机にほおづえをついてぼんやりとしている。

「蘭……。明かり点けるわよ」

パチッと音がして明かりがつくと、蘭は眩しそうに目を細めて振り向いた。

「あ、お母さん。――どうしたの?」

と、初めて気付いたようにたずねる。

「あきれた。聞こえなかったの?何回も呼んだのに」

「ごめん……。ぼんやりしてて……」

蘭は素直に謝った。

「ご飯も少ししか食べないし、具合でも悪いの?」

と、佐雪は蘭の額に手を置いた。

蘭は、佐雪のこの仕草が好きだった。

幼い頃に、戻ったように感じる。

「大丈夫」

と、蘭は首を振った。

「そう?何だか、顔が赤いわね」

と、佐雪は蘭の顔をのぞき込んで

「アッ!」

と、叫んだ。