そぅっと、美術室を覗き込む。
(…まだ、橋本くん、来てない…?)
良かったような気もするし、残念な気もする。
「わっ!」
「うわぁあああっ!」
後ろから、いきなり耳元で大声が聞こえてきて、叫んでしまう。
「あはは。びっくりした?」
振り返ると、そこには橋本くんがいる。
「び、びっくりした。」
目をぱちぱちさせながら答えると、余程返事が面白かったのか、橋本くんは満足げに目を細める。
「ふふん。ほら、今日も描くんでしょ。さっさと中に入る!」
まるで、自分の家のように堂々としている。
「う、うん…」
そして、いつものように橋本くんの前に座る。
「今日はどこを向けばいい?」
毎日、繰返しデッサンを行うのに、何かが違う。
あと、少し足りない何かがあるのに、それが掴めないのがもどかしい。
「えぇっと、そうだなぁ…」
もう一度、一番初めの、あの描きたいっていう感情に追われたのと、同じようにしてもらおう、かな。
そしたら、今度こそ、『描きたい』が、形になるんじゃないだろうか。
「横向きが、いいな…」
「…横向き?分かった」
がたがたと、椅子を動かす。
そして、いつものように、鉛筆の擦れる音が響く。
「玉木さん」
「…何?」
「絵が完成したら、一番に俺に見せてよ」
絵が、完成したら。
(…あ。)
そうか。完成。
いつかは、完成する、絵。
(完成したら、こんな風に、もう橋本くんとは、居られないんだ…)
なんで、今更気がついたんだろう。
当たり前のように、穏やかに時が流れていくから、忘れかけていた。
(…もう、一緒に帰ったり、お話したり出来なくなる…)
駄目だ、駄目。
認めちゃ、駄目。
だって、邪魔になる。
こんな、感情。
橋本くんの、ことが。
あぁ、私、駄目だ。
もう、誤魔化せないくらい。
好き、なんだ…。
