すると、その時のことを思い出しているのだろう。


だんだんと、表情が変わる。


「…あの時、か…」


「う、うん…」


緊張で、手が汗ばんできたような気がする。



沈黙が、とても重い。










「…好きな、人のことだよ」



「…っ!」



視線が、ぶつかる。


「とても、好きな人がいるんだ。…その人のことを、考えていた」



(『告白されているみたいだね…』)



彼の先程の言葉が脳裏に浮かぶ。



(…さっき、橋本くんもこんな気持ちだった…?)



苦しいくらいに息が出来ないのに、どこかで興奮しているようで、気分が高揚する。



(この表情、だ…。描きたいって思ったのは。…でも、手が動かない…。)



どうしよう。



描きたい。


でも、目が逸らせない。



「…好き…」


「そうだよ。好きな、人。」



橋本くんが、うなずいた。



そして、目が逸らされたから、ほっとして鉛筆を動かす。




紙が、鉛筆に擦れて、亜鉛の削れる音しかしない。








「…ねぇ、橋本くん。」


「ん?」



橋本くんは、モデルに徹してくれているのか、顔を動かさないように返事をしてくれる。


「良かったら、好きな人のことを話してよ」



「…え、喋って大丈夫なんだ?」



「う、うん。顔が動かないなら」



「へぇー。…嫌だよ」



はっ、と馬鹿にしたように笑われた。



「え、えっと、嫌なの?」


てっきり、そういう話っていうのは聞いてほしいものだとばかり思っていた。



「うん。嫌」



「えっと、なんで…?」



恐る恐る聞いてみる。


また、間髪入れずに『嫌』と言われたら、もう何も聞けなくなる気がする。



「本当に、好きだからだよ…」



「…?」



「簡単に、言葉になんか出来ないくらい、好きだから、話せない」



とても、とても、愛しそうに囁くから。


羨ましい、と思ってしまう。