それは、夏の入口の、肌寒い雨の日のことだった。



お気に入りの、晴れた空色に雨粒を散らした傘の向こう。



そこに、ただぼんやりと立つ人影があった。



(…あれって、確か、橋本くん…?)



隣の、そのまた隣のクラスにいる彼は、もともと物静かな人だった。


(綺麗…)


姿、形はもちろん、だった。


けれど、何よりも綺麗なのは。


(なんて、綺麗な表情だろう…)


そう、色で例えるなら、氷のような薄い青でも、春の日差しのような柔らかい黄色でもない。



(なんて、透き通るように綺麗なのに、見ているこちらが締め付けられるような表情をするんだろう…)



色が、つけられない。



描きたいって、強く思うのに、自分にはそれを絵筆で表現できるだけの技術がない。



(悔しいな…、こんなに綺麗なのに。)



描きたい。


描きたい。


彼の、伏せた瞳。



凛とした、立ち姿。


さすがに、ここでスケッチすることはできないから、頭の中で鉛筆を動かす。


ついでに、手のひらの上でも。



(難しいな、あの目。力強くなにか訴えるのに、視線は柔らかい。)


消して、描いて。


でも、やっぱり納得できなくてまた消す。



どれくらい、そうしていただろう。



ふいに、彼がこちらを見た。


(…って!うわっ、すごい見てることがバレた!?)



かぁっと、頬に、熱が溜まる。


すっと、握っていた傘で顔を隠して、足早に駅へと向かう。


(ば、バレてませんように…っ!)



心臓がどきどきとうるさい。



大丈夫、大丈夫、と心の中で何度も繰り返す。



でも、なんだかまだ彼に見られているような気がする。



(大丈夫、だよね…?)


駅の構内に入り、傘を畳むふりをしながら、ちらっと彼を見る。


(良かった。こっち見てな…っ!)


見てない、そう思ったのに、一瞬彼がこちらを見て笑った。