踵を返すように病室から出て行こうとする親父。
俺が呼びとめるより先に、「お待ち!剛!」
剛というのは、親父の名前。
「…お、お母さん」
ベットのわきに座っていた祖母に気付いていなかったのか親父は、驚いた顔で祖母を見る。
「なんだいその言い方は!千鶴はねぇ!…千鶴は…」
「お母さん、もういいから。あなた、仕事あるんでしょ?私は元気だから、ただの過労だから、仕事行ってください」
「千鶴!あんたは…いつも自分を…」
そのやりとりを、俺が見ていることに気付いた祖母は、「悠太と杏奈が怖がるから、話は外でしようか」と親父の方へ歩いて行った。
ガラララララララッと音を立てて再び閉まる病室の扉。
「おばあちゃん、パパとなにはなすの?」
「………………っ…」
母さんは、俺の問いには答えずに、顔を覆って泣いた。
「どうしたの?どっかいたい?」
「…っ…くっ……っ」
声を押し殺して泣く母。
数分して、手で涙をぬぐった母さんは、悲しげな顔が残る表情で笑った。
「なんでもないの。なんでもないのよ」
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「16時36分、ご臨終です」
母さんはそれから3週間後に、息を引き取った。
俺と、杏奈と祖母に看取られて。
親父は間に合わなかった。

