それは、彼にとって単なる気まぐれだったに違いない。

 巨大交易都市ダッホ南街区の悪名高いザーグ横丁に、ふらりと現れた彼の目的は、今にして思えば、かなりえぐいものだった。

「55番、45000平均通貨《ジード》で落札」

 隣の子が落札され、檻から出されていく。

 ドラゴマブカの牙を右脇のリンパ節に打ち込まれている彼女は、競り人の言われたままに、付き従い、新しい持ち主の元へ連れていかれる。

 足首まである美しいホワイトブロンドの長い髪、傷一つ無い白い肌、淡い琥珀のような瞳、長い手足はしっかりとした骨格で支えられている。

 深い森に住む森の民エルフだ。

 ホワイトブロンドから覗く長い耳が、美しくぴんと伸びている。

 高い値が付くわけだ。

 ザーグ横丁の最奥にあるこの店は、奴隷商ではない。

 ここは生物専門の薬材商だ。

 今、落札されたエルフの娘も、薬法師が作る薬の材料として売られたのだ。

 エルフの髪は貴重な薬材であり、それも、鮮度が重要なのだった。

 更に言えば、彼女は捕まえられて来たのではない。

 彼女の部族によって、薬材採取用に育てられて出荷されてきたのだ。

 エルフの社会は、ヒトのそれよりも厳しい階級制度で作られていて、それは、生まれた瞬間から階級が決まり、一生変わらない。

 もっとも底辺で、商品として育てられた私たちは、ヒトの社会で言えば、毎年毛を刈られる羊と変わらない。

 そう、私もエルフの商品、素材階級だ。

 ドラゴマブカの牙を打たれて生気なく、小さな檻の中で落札されるのを待つ身だ。