咲恵を抱き締めて眠っていたのは臆病で卑怯者の俺で、
いつも俺を嘲るのは、
咲恵に触れられないほど、
彼女を切に欲する遠い俺……。
椅子から立ち上がる。
壁越しに咲恵の泣き声を聞くのもつらいけれど、
ばらばらになっていた俺がひとつになれる時がきたのかもしれない。
「ごめんな、咲恵」
ただ彼女は首を横に振った。
必ず、お前は眠れるんだ。俺と違うから……。
「……ケイくん……」
かすれた声。
何もかもなかったことにして、
また一緒に眠りたいと言ってしまいそうになるほど、
夜を思い出させる彼女の声。
「どうして……?」
何度も繰り返した問いを彼女は最後にまた呟いた。
フローリングの床は、おそろしく冷たい。
(気付いてないの?)
俺は、ずっと気付いていたよ。
やっと、解放しなくちゃと思ったんだ。
「気付いてないの、咲恵」
「……?……」
「咲恵の、周りには、いつも」
(水色の、透き通った風が吹いてるんだ…………。)
最後の言葉は飲み込んだ。
伝えたら、本当に彼女が遠くへ行ってしまいそうだったから。
俺の最後の我侭だから。
自分で、気付いてくれるといい。
俺はその場を後にした。
ドアを閉めて、自分の部屋に戻る。すすり泣きは、聞こえない。
自分のベッド。
咲恵と毎夜、湖底をさまようような眠りを貪ったこのベッド。
しわになったシーツに触れると、思いもかけないほどに冷たくて。
涙が一粒、零れ落ちる。それからは、何も止めるものがなく流れ続ける。
それは彼女の温もりをもう抱くことないベッドに落ちて、吸い込まれて、冷えてゆく。
俺はまた、気付いてしまった。
もう何も、見たくないのに、知りたくないのに。
彼女は、俺の代わりに、泣いていたんだ―――……。


