「ケイくん、ケイくん。どうしたの。ひとりにならないで。いつも一緒だよって、あんなに言ってるのに。どうして、そうやっていつもひとりになっちゃうの」


彼女の声が震えて、やがて泣き出した。

雨を降らす濃い霧の向こうに、何かが見える気がした。


静かな部屋に彼女の嗚咽だけが響く。


俺の頭の中は、

あんまり雨が激しくて……

君の、

綺麗な声も

聞こえない……。


「咲恵」

苦しかった。身を千切られるほどに。


「もう泣くの…やめろ」


咲恵の嗚咽は一層酷くなった。
切れ切れにどうして、とつぶやいているのがわかる。


「俺の前で泣くな」

「じゃあどこで泣けばいいの。ケイくんが泣かすんだよ、ケイくんのギターの音が、ケイくんの目が、ケイくんの言葉が、あたしを泣かすんだよ。わかってるくせに」


彼女が俺をなじる声に、背筋が痺れるような感覚を覚える。
わかってる。わかってるから、見るのがつらいんだ。俺は、気付いてしまったから。


「俺は……咲恵が泣くのを見て……自分を慰めてるんだ……。そんなのって、ないだろ?だめなんだよ、俺たち……何も変わらない……」


咲恵がむせ返る。
こんな近くにいるのに、俺は立ち上がって咲恵の背中をさすってやる事すらおもいつかなかった。


「それでいいのに……」


無理だった。
もう、ほころびはどうしようもない程大きくなって、目をつぶってはいられなくなった。俺は、まともに抱き締めることも、何も言わずに逃げ出すこともできない臆病者だ。


「それを望んでたのは、ケイくんのくせに!」


つんざくような彼女の叫び。

今のは誰の声?
彼女の声?
それとも俺の、彼女の心の叫び?


どちらにしろ、もう終わっていた。何も始まっていない二人の終局。


(だから言っただろう?破綻だな。センチメンタル)


嘲笑するように響く声。

これは、俺の声――――遠くから咲恵を見ていた、もう一人の俺。