「気分悪かったわね、シャンパンで飲みなおさない?」と提案すると
「いいね!」と心音はすぐにご機嫌になった。あたしがキッチンに向かおうとすると「瑠華は座ってて、いつもさせっぱなしだから」と心音が立ち上がる。
心音がキッチンに向かって行ってその節にテーブルの角で脚でもぶつけたのだろう。心音の身体がよろりと揺らめて、近くにあったサイドボードに軽くぶつかった。
ガシャン…
ガラスが割れる音がして、
「大丈夫!?」あたしは心音に駆け寄った。
幸いにも心音はかすり傷一つ負ってない。どうやらサイドボードに置いたガラス製のボトルに入ったディフューザーが床に落ちて割れたようだ。ガラスの欠片が辺りに散乱している。
ほんの少し残った液体の香りが部屋中に充満して思わず咳き込んだ。
ディフューザーは二か月ほど前、可愛らしい雑貨屋さんで買ったものでそれほど高価なものではない。瓶の中に小さな貝殻とサンド(砂)が詰まっていて、買った当初はまだ夏だった。
「I'm sorry!弁償するわ」と心音は申し訳なさそうにしていたが、
「いいわ。もう残りわずかだったし……」
私は散らばった貝殻を一つ一つ……想い出をかき集めるように拾い集め、目を伏せた。
「夏は―――もう終わったわ」
ガラス瓶の欠片を片付け、部屋に広まった香りを和らげるようにあたしはテラスに続く窓を開け放った。
10月の冷たい風がふわりとなだれ込み、あたしの髪を揺らす。
「前も同じ台詞、あんたから聞いたわね」
心音が拾った一かけらのガラスを宙にかざし、目を細める。
ええ、覚えてる。
あれは―――マックスが最初に浮気をしたときだった。
あたしは結婚して半年程でユーリを授かり、無事出産を終えて一年程の休職をしてその間、ビジネスパートナーにFahrenheitを任せていたわけだけど
復帰したあたしに最初に突き付けられた残酷な現実。
従業員は全員あたしの復帰を快く迎えてくれた。
だが、その一方でそれ以上に心配された。体調のことではない。
地元のローカル雑誌にマックスと見知らぬ女がヴァレンタインの所有するプライベートビーチでキスを交わしている写真が記事として掲載されていたから。
その頃あたしたちは……あたしとマックスの仲は冷え切っていた。ハッキリした原因は覚えていない、ただ薄々彼の浮気癖に気付いていたのであろう、あたしは彼に触れられることを拒んだ。最後の“営み”の際に出来たのは偶然なのか―――それとも母親になることを引きかえに彼にとっての女を捨てることだったのか。
それでもユーリがあたしのお腹の中で少しずつ大きくなっていくのは唯一の生きがいだった。
彼女の登場を待ち望んでいた。小さな手を握ることを、この腕で抱きしめることを夢見てた。
マックスも同じ気持ちでいてくれたと思った。何よりお腹の子のことをそれは愛おしそうに気にかけてくれた。冷えた何かが温かくなったと、
勘違いしていた。
そんなときにマックスはあろうことか他の女に手を出していたのだ。



