店内のカウンターは珍しくお客さんで埋まっていた。その殆どが仕事帰りのサラリーマンぽい男性たちで常連客っぽい。とは言っても一回しか来てないからもしかしてこれが通常かもしれないけれど。
「今日はカウンターがいっぱいで、奥の座敷で良けりゃいいけど……」
お皿か何か洗っていたのであろう作業中の大将はお店の奥の座敷席を顎でしゃくり、ちょっと苦笑い。
彼の視線の先で賑やかな若い男性客の声が聞こえてきた。このお店にはちょっと不釣合いな、明るいと言えば聞こえはいいけれど騒がしい。
「一人?良かったら私も一人だから一緒に座敷に…」
と、カウンターの一番奥の隅で飲んでいたのだろう、以前一度だけ会った啓の昔の恋人、紫利さんがにこにこして凝った陶器の焼酎タンブラーを手に立ち上がった。昔関係していたから、と変に構える必要はない。啓は『終わった』と言っていたし、彼や彼女の態度から男女の感情はまるで感じられなかった。それよりも―――
この女性は―――本当に素晴らし女性
一種、憧れ的な要素のあるひとで、だからか逆に変な緊張も生まれる。
「あ、お久しぶりです」
あたしは慌てて頭を下げると
「瑠華~?オトモダチ?紹介して~」
と後ろにくっついている心音を一瞬だけ忘れて居たことを恥じて慌てて顔を上げ
「すみません、友人の心音なんですが、ご一緒でも宜しいですか」と心音の腕をぐいと引き寄せると
「ええ、勿論。大人数の方が楽しいわ」と紫利さんはおっとりと微笑む。
まるで蝶が羽ばたく、まさにその瞬間と言い現したような、うっとりするほど美しい笑顔。
紫利さんは今日は黒いハイネックのニットに、オフホワイトのワイドパンツと言うシンプルな格好で、髪も後ろでゆるく一つで束ねてあるだけなのに、だからこそなのか彼女の美しさが際立つと言うのだろうか…
カウンターに座っていただろう彼女の隣の席で中年の男性が一人名残惜しそうにこちらを振り返っていた。
「ごめんなさいね、連れがいると面倒くさくならないから」と紫利さんは小声で言って顔の前で手を合わせる。
つまり、彼女の方が先に店に来たけれど、隣に座ったお客さんが鬱陶しかったのだろう。けれど、紫利さんが懇意に…強いては啓が大切にしているお店の大将の顏に泥を塗ることはできない、そう気遣ってのことだろう。
美しいうえ、とても優しいのだ、この女性は。



