実際、二村さんは充分“危険”に値する人物ではある。いつも人懐っこいにこにこ笑顔の下でしたたかな一面を巧みに隠している。
あたしはコーヒーのカップをソーサーにゆっくりと置き
「個人情報を他人に教えるのはどうかと思います。軽犯罪でもあると思いますが」と淡々と言うと、緑川さんがぱっと顏を上げた。その顏は酷く不安げだった。
ここでようやく分かった。
緑川さんは誰の目を気にして誰を『恐れて』いたのか。
緑川さんはテーブルの上できゅっと手を握り俯いた。ティーカップの中のミルクティーはすっかり冷めているだろうが、一向に減らない。
「もし…」
あたしが切り出すと緑川さんはまたもゆるゆると顔を上げた。
「もし、二村さんの子供を妊娠していたとしたら、あなたはどうしますか。どうしたいですか」
まさかそんな質問されると思ってなかったのだろう、緑川さんはちょっと目を開いて口元に手をやり、やがておどおどと視線を泳がせた。
「……最初は…二村くんの子供だから絶対産みたいって気持ちだったけど、今は正直
分かんないです」
緑川さんは静かに言い、けれど慌てて
「あ、あたし!副社長の娘だって二村くんに言ってなくて、でも二村くんの子供が出来たって言ったら結婚しようって、きっと……
でも…あたしとの子を本当に望んでるんじゃなくて、それは口実で子供を利用して、パパの席を狙ってるかもって……」
早口に言って緑川さんは前髪をくしゃりと掻き揚げ苦々しい顔つきになった。
それはそうだろう。
「何言ってんだろ、あたし……あんなに好きで好きで好きで―――……
どうしようもなく好きだったのに
彼のことが見えなくなってる。
前のあたしなら利用されてるって分かってても、それでも一緒にいたいって思ってたけど
もう一人の二村くんが居るように、あたしの中でももう一人あたしがいる。そのあたしが“ダメ”だって言ってる気がする。
こんなの初めて」
緑川さんが額に手を置いていたから表情は読めないけれど、声は震えていたし、肩も小刻みに揺れている。



