Fahrenheit -華氏- Ⅱ


その日、珍しく瑠華から定時間際に日報がメールで送られてきた。シロアリと約束があるからだろうな。


バッグを手にしてちょっと変わったお洒落な薄手のコートに腕を通す瑠華を眺めながら、佐々木が


「柏木さん、今日は早いですね」と物珍しそうに目をぱちぱち。


「ええ、約束があるので私はお先に失礼いたします」


「そうですか~」と佐々木は少し残念そうだ。


「何だよ、俺と二人っきりが不服だって言いたいんか」と佐々木にガン垂れると佐々木は慌てて頭を振る。


瑠華はそのやり取りをまるで気にしていない様子でいそいそと隣のブースを覗き込むと、シロアリも帰る支度が整ったようで、私服に着替え終わっていて、バッグを手にしていた。


「それでは失礼します」と控えめな声が聞こえる。外資物流本部ではまだ大半の社員が残っている。その中に当然二村の姿もあり


「あれ?緑川さん、柏木さんと出かけるの?」と目ざとい。


村木は全く気にならないようで「お疲れ」と不機嫌そうに返していて


「お疲れ様、ゆっくり休んでね」と心優しい内藤チーフがおっとりと挨拶。その中で二村だけは


「えー、二人で女子会??いいな、いいな~、ね、どこ行くの?」と二人の女の周りをうろついている。


「てか変わった組み合わせだね。何しに行くの?どこへ行くの?」としつこい。


俺から助け船を出してやりたかったが、ここで俺が出張ったら流石に怪しまれる。


じりじりとした気持ちでマウスに力を籠めていると


「こないだ緑川さんが気にいったグロスをプレゼントしようと思いまして。そうしたら緑川さんがお礼にお茶を誘ってくださったんです」と瑠華は淡々と言ってい赤いバッグから化粧ポーチを取り出す。


咄嗟の嘘だと思うが、瑠華はいつもこんな調子だからこれが嘘だとは思えない。事情を知らない俺だったらまんまと騙されてたところだったぜ。


「そ、そうそう!柏木補佐は女のあたしから見てもすっごくオシャレだから色々聞きたくて」と緑川がとってつけたような嘘をぺらぺら。


確かに今日の瑠華も抜かりなくお洒落だ。いやらしい程度ではない肌が透ける黒い総レースのトレンチコートに赤いバッグは差し色。ついでに言うと繊細なデザインのパンプス。


今日は大人路線か?


相変わらず、俺好みのファッションだぜ。


「確かにコートとバッグお洒落だけど高そうですね~」と二村は瑠華の周りをうろちょろしてしげしげと眺めている。


おい!二村ぁ!!瑠華を見るなっ!!


ついでに『高そう』じゃなくて(きっと)高いんだよ!!


と、俺はおすぎとピーコ並にファッションチェックしてる場合じゃない。


対するシロアリはオフホワイトのワンピースにワイン色のカーディガンを羽織っていた。


「女の子は色々大変なのよね~」と内藤チーフが助け船??微笑ましい何かを見るように二人を眺めながら援護射撃??


でも『女の子』ぉ??


まぁ内藤チーフからしたら瑠華とシロアリは娘みたいな年齢だし“女の子”扱いなんだな。


「いってらっしゃい、楽しい夜を」と手をひらひら。


内藤チーフのお陰もあって、瑠華とシロアリはぺこりと一礼して、やがて無事に(?)フロアを去っていった。