Fahrenheit -華氏- Ⅱ



そこから10分後、今度は佐々木が経理部に呼び出しされて席を外した。


その隙を狙っていたのか、瑠華は佐々木の姿がフロアから消えると同時、隣のブースをちょっと気にするように視線を向け、まだ村木たちが戻ってないことを確認すると


椅子ごと引き寄せ俺に近づいてきた。手には書類の束。だがその書類の束をちらりと見たが、それは適当に用意したものだとすぐに分かった。


「先ほど、緑川さんに今日の夜会えないか、と聞かれました」


声を潜めて報告された言葉にちょっと目を開く。なるほど、さっき自販機に消えたわけはそう言う話だったわけか。


「ここでは話せないってこと?」俺の声も自然小声になる。


「…ええ、理由をお尋ねしても教えていただけませんでした。結局、北参道のお店でお話を聞くことになりましたが」


北参道……ここよりちょっと離れてるな。


「あいつんちって確か…北品川だったよな、逆方向じゃん」


「それも引っかかったんですが、彼女がそこを指定してきたので。それに…一昨日私ちゃんと彼女のお話を聞けなかったので」


瑠華は神妙そうに俯く。


義理堅い、とひとくくりにはできない、瑠華は緑川のことを俺以上に真剣に…そして心配しているようだった。


「分かった。教えてくれてありがと」俺が頷くと、瑠華はほっとしたように椅子ごと自分の場所に戻り


「内容次第で、あなたに報告します。とりあえずは彼女の相談と言うものを聞いてきます」


「了解。気を付けてね」俺が笑うと、瑠華もちょっとだけ微笑を返してくれた。


仕事中なのに、いや、仕事中だからか?こう言ったプライベートな話をこそこそ話せるのって何か新鮮だし、どこかスリリングだ。


その危ういやり取りは俺だけができるってことで、この時の俺は場違いにもちょっと嬉しかった。


だが、その思いが後に大きく変化する、なんて


この時は思いも寄らなかった。