Fahrenheit -華氏- Ⅱ


マドレーヌ瑞野さんは隣の券売機に居るのが俺と気づいていないのか、(まぁちょっと距離があるしな)真剣にメニューのボタンで視線をいったりきたりさせて悩んでいる様子。


「今日のA定、鯖の味噌煮だって」


と、何となく俺から声を掛けた。


何といっても瑞野さんは二村と結託して何かを企んでる悪女だからな。無視しても良かったが、何故か俺は声を掛けていた。何か、見ちゃったら素知らぬ素振りでスルーするのもどうかと思うし、


それに知人の女を見ると声を掛けたくなるのは、もう癖…しかもかなりタチの悪い癖だよな…


「あ…神流部長!お疲れ様です」


と、瑞野さんはここにきてようやく俺だと気づき、慌てて頭を下げる。


う゛~ん……この子は何か悪だくみを考えてる……って俺には思えないんだけどなー……


「そんなかしこまらないでよ」俺は苦笑い。


俺は知っている。自分が『部長』の立場で居ながら、その役職に見合うだけの人間じゃないことを。


でも瑠華や佐々木は俺のことパートナーだと言ってくれる。だから大切なパートナーである彼女らを守るためにも




この『王国』は渡さない。






瑞野さんを見る目がいつもと違ったからかな(別に睨んだつもりはないけど)、彼女はちょっと動揺したように慌ててIDを手にして適当なボタンを押すとカードリーダーに当てる。


「瑞野さん、弁当じゃないの珍しいね」


「あ…はい、昨日材料の買い物し忘れちゃって…」


「へぇ~一人暮らし?」


会話の流れで何となく聞いた。そいや俺、瑞野さんのことあんまり知らない。


「……いえ、実家です。でもうち…母親も働いてるので」と、控えめだがしっかりとした受け答えがかえってくるのは変わらず。


瑞野さんは会話をしながらもカードリーダーでカード情報の読み込ませを気にしているが、接触が悪いのかなかなか券売機から発券されないようだ。


俺は瑞野さんの背後から腕を回して、自分のIDを彼女の目の前にある券売機のカードリーダーに当てると、ピっと短く電子音が鳴り、食券が吐き出された。


「………え?」


瑞野さんが目だけをあげて、俺の腕の中で硬直してる。


「奢り。


因みにそれ、結構美味いよ」


それだけ言って、俺はくるりと背を向けるとカウンターに向かった。


このまま瑞野さんと喋って色々情報を引き出す、と言う手もあったがいかんせんここは社内だ。


変な噂が回ると、厄介だからな。


特に


主犯(?)の二村の動きが掴めない状況だ。軽く探りを入れる程度に押しとどめておこう。