Fahrenheit -華氏- Ⅱ



それから俺たちは佐々木が出勤してくるまで、それぞれ持参してきた新聞に目を通して、若干瑠華の方が読み終わったのが早かったのか、俺好みの濃さでコーヒーを用意してくれて


日課になってる帝国データバンクのHPをチェックしているときだった。


「よっす!」


と、気軽な挨拶で登場したのは当然ながら佐々木じゃなかった。


「うす」


俺は目だけをちらりと上げて裕二に挨拶。


「一昨日は………」


言葉を濁しながら言いかけて、ちらりと瑠華を盗み見る裕二。


瑠華は読み終えた新聞を畳んで、今は今日掛かる仕事の書類の整理にいそしんでいる。


裕二の視線にちっとも気付かない瑠華。


「おはようございます」と挨拶はしたものの、まるで一昨日のことなんて気にも留めてないような素振り。


ごほん


裕二は咳払いを一つして、俺のデスクを素通りすると瑠華の元へまっすぐ向かって行った。


「柏木さん……一昨日は…本当にありがとう。これ……少しだけどお礼…」


と言って瑠華に手渡したのは、有名菓子メーカーの紙袋だった。


確か本店はベルギーにあって、日本でも新宿の百貨店にしか出店していない。まぁ値段も張るんだけどネ。


バカか裕二、瑠華が食いもんに吊られるかよ。


と、ちょっと横目で呆れかえって見ていたが、予想に反して瑠華は「ありがとうございます」と言って素直に受け取っていた。


「何故、私がこのブランドのショコラが好きなことを知っていらっしゃったんですか?」


え!?そーなの!?


俺すらも知らなかったことなのに!!


「……綾子から聞いた。柏木さんが好きだから、って。選んだのも綾子。


だから、これは俺からじゃなくほとんど綾子からのお礼ってことで……





ちゃんと借りは返します……じゃなかったな……『対価』は払うつもり。


困ったことがあったら言って?」



普通だったら…と言うか前の裕二だったら、瑠華に直接そんなこと言ってるこいつを俺は睨み倒していたに違いないが、裕二は本当に瑠華に感謝の気持ちを伝えたかっただけなのだろう。


それに


綾子との仲に亀裂が入らなくて良かった。