Fahrenheit -華氏- Ⅱ



見慣れた広尾のこの自社ビルも、従業員通用口のカードスキャナーさえも、そこを通り抜ける際に警備員に掛ける挨拶さえも、何だか妙に懐かしい。


二日間……


そう、仕事を休んでいたのはたったの二日間なのに、内容が濃すぎて(ぶっ飛び過ぎていて、とも言う)この何の変哲もない空間に妙に安心感を覚えたり。


「おはようございま~す、あれ??


神流部長と柏木補佐、同伴出勤?」


と声を掛けてきたのは、魔王二村ではなく、同じフロアの広報二課の課長だった。


広報部は一課と二課が存在していて、一課は主に社外に我が社のPRを(最近は主にインターネットだが)二課は社内報を手掛ける社内向けの仕事をしている。


広報二課の課長は俺より10も年上の妻子持ちで、だけど社内で不倫しているとの噂あり。(Fahrenheit -華氏-でも登場していましたね♪)で、とりあえずはほっと安堵。


「たまたま偶然ですよ」


俺は苦笑い。いつもなら課長の冗談をさらりと受け流すが、今日ばかりは疲労が溜まっていて、それ以上の言い訳が思いつかない。


まぁ?課長の方も人に言えない秘密があるからな、(噂はどこまで本当なのか分からないが)それ以上は深く突っ込まれず、まぁ挨拶みたいなもんだな。


課長の方も特に気にした様子でもなく


「朝早くからお疲れ様です」とにこやかに挨拶。「今度の社内報、見出しに『外資物流事業部のビッグカップル!誕生』で、どうですか?」と冗談か本気かどうか分からん問いかけに、俺は疲れで何も言い返せなかった。


一方瑠華は


「報道の自由、と仰りたいようですが、生憎ここは“会社”と言う独自の“社会”です。


ある程度の秩序とルール、それからプライバシーを尊重すべきです」


と、こっちは朝から絶好調。


隙もなけりゃ、広報二課長の冗談(?)にもクール過ぎるぐらいの対応。


ひゅぅう~


と、木枯らしが俺と広報二課長の間を通り抜けて行ったように


思えた。